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特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】買収への対応方針・対抗措置を中心に(後編)-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-
その他 2024年1月

特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】
買収への対応方針・対抗措置を中心に(後編)
-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-

2024年1月
発行年月日 2024年1月30日
業務分野 コーポレート M&A等
特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】買収への対応方針・対抗措置を中心に(後編)-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-

第2回前編はこちら

本企画では、買収行動指針に関する幅広いテーマをトピックとして、全2回にわたり、会社法研究者と実務家との対談を行っています。このような対談を通じて、現状の実務を確認するとともに買収行動指針の理論的背景を探り、これらを踏まえて、買収行動指針が今後の実務に与える影響について様々な角度から検討を行っています。本企画が、皆様のご理解の一助となれば幸いです。

買収行動指針は、買収に関する対象会社の取締役その他の当事者についての新たな行動規範を示すとともに、近時の裁判例も踏まえて有事導入型を含む買収への対応方針・対抗措置に関する論点についての考え方を整理したものとなっており、今後のM&Aの実務に大きな影響を及ぼすものと考えられます。

買収行動指針」に関する解説については、以下のニュースレター(全4回)をご覧ください。

目次

4.強圧性 (本指針「別紙2」関連)

Q4本指針の強圧性に関する分析

5.対抗措置発動の必要性の確保 (本指針「別紙3」2(1)関連)

Q5-1株主総会決議の存在と、対抗措置発動の必要性の関係

Q5-2オール・オア・ナッシング提案に対する対抗措置発動の可否

6.ステークホルダーとの関係を理由にした買収への反対及び対抗措置の発動

Q6ステークホルダーとの関係を理由にした買収への反対及び対抗措置発動の可否

7.対抗措置発動の相当性の確保-損害軽減措置 (本指針「別紙3」2(2)b)関連)

Q7-1クリーンアップ条項に対する評価

Q7-2損害軽減措置としてのエグジット支援(買収者に付与された新株予約権の譲渡先のあっせん)

8.対抗措置発動の相当性の確保-危険の引受け(予見可能性) (本指針「別紙3」2(2)c)・3関連)

Q8有事導入型の対応方針と予見可能性(平時導入型との比較)

4. 強圧性

本指針「別紙2」(強圧性に関する検討) 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要③」7頁参照)

Q4 本指針の強圧性に関する分析

Q4 本指針の強圧性に関する分析

本指針では、強圧性に関して、独立して別紙が設けられるなど、かなり詳細な整理がなされているが、飯田先生からの評価はいかがか。また、別紙3の脚注71(本指針43頁)では、「市場内買付けや部分買付けであるために強圧性が生じ得ることの一事をもって対抗措置の必要性を強調することは望ましくない」という記載もあるが、この点についてもコメントをいただきたい。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
別紙2に規定された強圧性の定義や、買付け区分ごとの強圧性の評価に関する記載については、特に違和感はない。

脚注71は、部分買付けだから対抗措置の必要性が常に当然に認められるわけではないという趣旨であれば異論はないが、部分買付けは構造上は強い強圧性を有するものであることから、強圧性を排除する工夫が何もなされていないような場合であっても、部分買付けの強圧性は高いものではないという趣旨であれば疑問を感じるところではある。

次に、直接に第5章の範囲に含まれる内容ではなく、本指針においては別紙2(40頁~)において議論されている内容ですが、強圧性についてディスカッションさせていただければと思います。実務上、強圧性という概念が、いろいろな場面でいろいろな方々から主張されることもあり、内容としてはよくわからなくなっているところもありましたが、本指針では、独立して別紙が設けられるなど、かなり詳細な整理がなされているところであります。本指針の別紙2の強圧性に関しては、専門家である飯田先生からみて、整理に違和感はありますでしょうか。また、別紙3の脚注71(本指針43頁)では、「市場内買付けや部分買付けであるために強圧性が生じ得ることの一事をもって対抗措置の必要性を強調することは望ましくない」という記載もありますが、この点についてもコメントをいただければと思います。

飯田先生

別紙2に規定された強圧性の定義であったり、買付け区分ごとの強圧性の評価に関する記載については、特に違和感は覚えておりません。買収提案があれば、それは全て強圧的であるという話ではないということを確認したことに意味があると思われます。脚注71は、部分買付けだから対抗措置の必要性が常に当然に認められるわけではないという趣旨であれば異論はありませんが、部分買付けは構造上は強い強圧性があるものですので、この部分の記載が、強圧性を排除する工夫が何もなされていないような場合であっても、部分買付けの強圧性は高いものではないという趣旨であれば疑問を感じるところです。

ありがとうございます。次に「オール・オア・ナッシング」のオファー(上限を設定せず、買付後の株券等所有割合を株式併合などができる水準(議決権数の3分の2以上)となるように下限を設定し、公開買付け成立後に公開買付価格と同額でキャッシュ・アウトを行うことを予告する二段階買収)について議論をしたいと思います。

実務上、公開買付けを通じた完全子会社化案件においては、買付予定数の下限については議決権ベースで3分の2とすることで、TOBが成立すると確実にスクイーズ・アウトまで達成できる条件を設定をする、いわゆるオール・オア・ナッシングの提案とする案件が比較的多いと理解しています。他方で、実務上、(ア)公開買付けには応募をしないもののスクイーズ・アウトに関する株主総会議案には賛成するとされるパッシブ・インデックス運用ファンドの保有株式数を買付予定数の下限から差し引いたり、(イ)対象会社の株主総会における議決権行使比率に着目して、これくらいの株式数を公開買付けを通じて獲得できたらスクイーズ・アウトを目的とした株式併合に関する株主総会の特別決議が成立するという形で買付予定数の下限を下げるという案件も少なからずあります。こういった案件では、理論上は株主総会の特別決議が成立しない可能性があるため、そうなった場合にはどのような対応を行うのかという点を、監督官庁から記載してはどうかとコメントを受けることがあり、これを踏まえて、仮に、株主総会の特別決議が成立しなければ、追加買増しを行い、スクイーズ・アウトを達成するという記載をすることがあります。

本論点では、この追加買増しを実際に行う場合の強圧性について確認をしたいと考えています。下記の3つのケースは、いずれも1株100円で公開買付けを行って、スクイーズ・アウトのための株式併合の決議が不成立となったところまでは一緒ですが、追加買付けの金額とスクイーズ・アウト金額において違いを設けたものです。
1つ目は全て100円、2つ目が追加買付けから値上げ、3つ目は追加買付けのみ値上げし、スクイーズ・アウト金額は当初の公開買付価格と一緒とするものです。追加買付けの部分の強圧性についてどのように考えられますでしょうか。

飯田先生

まず、ケース1については、本指針の脚注67(40頁)にありますとおり、買付けとスクイーズ・アウトの間の時間が長すぎると、買付けで対価を受け取るのと、スクイーズ・アウトで対価を受け取るのとを比べれば買付けで受け取った方が有利だということになり、本当は買付けに反対だが不本意ながら応募や売却を選択するという事態が理論的には生じてしまうおそれを否定できないことに留意する必要があります。その問題がない場面であるという前提で考えると、ケース1では追加買付けのところは強圧性はないと思われます。ケース2も同様です。他方で、ケース3は、1回目のTOBの買付価格とスクイーズ・アウトの価格が同一になってはいますが、1回目の買付けと2回目の買付けは別の取引と評価せざるを得ませんから、2回目の買付けに応じない場合にはより低い金額でキャッシュ・アウトをされる関係にありますので、2回目の買付けは強圧的であると思います。

その上で、一つ気になっているのは、この論点の前提としておっしゃった点にありまして、パッシブ・インデックス運用ファンドが保有する株式は買収の是非に関わらず応募されないことがあることに着目して、その保有株式数分を予測した上で、買付予定数の下限を3分の2よりも下げている事例を見かけますが、何があっても応募しないという対応をするパッシブ・インデックス運用ファンドが何株保有しているのかを買付者や対象会社が正確に認識できるのかどうかというと、必ずしも明らかでないのではないかという疑問があります。

小舘

パッシブ・インデックス運用ファンドについては、実務上、フィナンシャルアドバイザーの方を中心にその範囲を分析いただいておりますが、フィナンシャルアドバイザーの方によっては、パッシブ・インデックス運用ファンドの該当性や応募可能性について意見が異なることもあるようでして、明確な基準があるわけではないというのは、そのとおりなのだと思います。

5. 対抗措置発動の必要性の確保

本指針「別紙3」 2.「必要性・相当性の確保」(1)「必要性の確保」 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」8~9頁参照)

Q5-1 株主総会決議の存在と、対抗措置発動の必要性の関係

Q5-1 株主総会決議の存在と、対抗措置発動の必要性の関係

青柳
仮想的な事例ではあるが、取締役会が一定の情報は提示した上で、取締役会のスタンスを示さずに、アンケート的に株主総会の意見を聞いたというような場合であっても、株主総会決議を得たのであれば、つまり、株主がそう判断したのだから、対抗措置の発動の必要性はあると考えられるのか。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
株主は、株主総会で議案という形で対抗措置に関する提案を受けて、その賛否を表明するにとどまる。本指針はそういうことも考慮して、対抗措置の発動の議案を提案するからには、取締役会としては十分に必要性等を検討した上で提案すべきということなのだと理解している。

なお、もしも重要な情報について説明されないままに株主総会決議が成立したとしても、それでは株主の合理的な意思によって対抗措置の発動の支持を集めたとは評価できないと思われる。そういう意味で、株主総会決議があれば、対抗措置の発動の必要性が自動的に基礎づけられるというわけではないと思われる。

それでは、次に、対抗措置の発動に関する必要性・相当性のところに移りたいと思います。1つ目は、株主総会の承認決議を経ることと、対抗措置の発動に関する必要性の関係に関するものです。青柳弁護士からご質問をお願いします。

青柳

本指針では、買収への対応方針・対抗措置に関して「株主意思の尊重」ということが言われており、対抗措置の発動の必要性を基礎づける上で、株主総会決議を経ることの意義が指摘されている一方で、対抗措置の必要性や、公正性の確保(例えば、独立性の高い取締役会や特別委員会の関与)等について慎重に検討し、十分な説明責任を果たすべきであり、形式的に株主総会の判断に委ねることについて、牽制をしています(本指針51頁参照)。例えば、取締役会が一定の情報は提示した上で、仮想的な事例ではありますが、取締役会においてはスタンスを示さずに、アンケート的に株主総会の意見を聞いたというような場合であっても、株主総会決議を得たのであれば、つまり、株主がそう判断したのだから、対抗措置の発動の必要性はあると考えられるのか、それとも、株主総会の決議があっても当然には対抗措置の発動の必要性がないと判断される場合があるのかについて、飯田先生からコメントをいただければと思います。

飯田先生

株主は、株主総会で議案という形で対抗措置に関する提案を受けて、その賛否を表明するにとどまります。本指針はそういうことも考慮して、対抗措置の発動の議案を提案するからには、取締役会としては十分に必要性等を検討した上で提案すべきということなのだと理解しています。もしも重要な情報について説明されないままに株主総会決議が成立したとしても、それでは株主の合理的な意思によって対抗措置の発動の支持を集めたとは評価できないと思います。そういう意味で、株主総会決議があれば、対抗措置の発動の必要性が自動的に基礎づけられるというわけではないと思います。本指針が指摘するように、株主総会の決議があっても対抗措置の発動の必要性がないと判断される場合はあると思います。

Q5-2 オール・オア・ナッシング提案に対する対抗措置発動の可否

Q5-2 オール・オア・ナッシング提案に対する対抗措置発動の可否

オール・オア・ナッシング提案に対して、株主総会決議があるからという理由で、対抗措置の発動をしてよいのかという議論があるが、この点についてご意見をいただきたい。オール・オア・ナッシング提案については、強圧性が乏しいとされているため、株主総会による判断ではなく、公開買付けへの応募・不応募を通じた意思決定で十分なのではないかと指摘されるところではある。次に、オール・オア・ナッシング提案であっても、株主総会が適切に開催されていて、そこで対抗措置の発動の承認決議が成立している場合、対抗措置の発動の相当性のところは論点としては残るものの、対抗措置の発動の必要性というのは、裁判所からしてもなかなか否定しにくいのではないかという見方もあろうかと思われるが、いかがか。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
これも私の立場ということにはなるが、対抗措置の発動を正当化する理由は、買収手法の強圧性がやはりコアになると思っているため、強圧性を排除する形で行われるオール・オア・ナッシング提案であれば、公開買付けへの応募・不応募の形で意思を示すことで十分ではないかと思われる。

他方で、裁判例は、強圧性のある買収かどうかという点は必ずしも重視せずに、株主の意思確認が適切にされているかどうかで、事案の決着をつける傾向がみられる。そうすると、オール・オア・ナッシング提案であるとしても、株主総会で認められているのだから、対抗措置も適法であると裁判所が判断する可能性はあると思われる。このような裁判所の傾向については、ブルドックソース事件(最決平成19年8月7日)の評価にかかわるところだと思われる。ブルドックソース事件では、株主が企業価値毀損の判断をしたといった趣旨の事実認定又は評価を受けているが、より分析的に言えば、株主総会においては、買収防衛策に賛成する票が多数であっただけであり、それ以上に企業価値を毀損するということについて、株主が賛否を表明したとは言い切れないはずである。しかし、買収防衛策に賛成が多かったという事実が、企業価値を毀損するという会社側の説明を株主が支持したという話に、ある意味、置き換える評価になっている印象を受ける。その結果、株主総会で、とにかく対抗措置の発動について意見を聞き、株主が承認したのであれば、対抗措置の発動も適法だという方向の考えが出てきたのではないかと推測をしている。

今後の実務上の展開・残された課題

オール・オア・ナッシング提案に対する対抗措置の発動の可否については、引き続き、検討が待たれる。

次は、さきほどの論点と関連するところがありますが、オール・オア・ナッシング提案に対して、株主総会決議があるからという理由で、対抗措置の発動をしてよいのかという論点になります。オール・オア・ナッシング提案としてなされた公開買付けに対しても、実務上、株主総会を開催して対抗措置の発動の必要性がないか、株主の意見を確認し、株主がそのように判断するのであれば対抗措置を発動してよいのではないかという議論もあると理解しています。他方で、オール・オア・ナッシング提案については、強圧性が乏しいとされていますので、株主総会による判断ではなく、公開買付けへの応募・不応募を通じた意思決定で十分なのではないかと指摘されるところではありますが、本指針の脚注89(50頁)にあるとおり、株主総会ですと、他の株主の質疑を聞いた上で判断ができるといったうまみも指摘されるところです。そこで、飯田先生にお尋ねなのですが、オール・オア・ナッシング提案については、対抗措置の発動をしてはならないということになりますでしょうか。

飯田先生

これも私の立場ということにはなりますけれども、対抗措置の発動を正当化する理由は、買収手法の強圧性がやはりコアになると思っておりますので、強圧性を排除する形で行われるオール・オア・ナッシング提案であれば、株主の判断が歪められることもないため、公開買付けへの応募・不応募の形で意思を示すことで十分ではないかと思っています。そのため、オール・オア・ナッシング提案に対して対抗措置の発動というのは、基本的に認める必要はないのではないかということです。

ありがとうございます。オール・オア・ナッシング提案であっても、株主総会が適切に開催されていて、そこで対抗措置の発動の承認決議が成立している場合、対抗措置の発動の相当性のところは論点としては残りますが、対抗措置の発動の必要性というのは、裁判所からしてもなかなか否定しにくいのではないかという見方もあろうかと思います。

飯田先生

まさにそういう事例がもし出てきたときに、裁判所はどのような判断をするのだろうかという点は興味深い問題です。裁判例は、強圧性のある買収かどうかという点は必ずしも重視せずに、株主の意思確認が適切にされているかどうかで、事案の決着をつける傾向がみられます。そうすると、株主総会で認められているのだから、そこで認められている対抗措置も適法であると裁判所が判断する可能性はあるように思います。このような裁判所の傾向について、なぜなのかということを少し考えたとき、ブルドックソース事件(最決平成19年8月7日)の評価にかかわるところだと思います。ブルドックソース事件では、株主が企業価値毀損の判断をしたといった趣旨の事実認定又は評価を受けておりますが、より分析的に言えば、株主総会においては、買収防衛策に賛成する票が多数であっただけであり、それ以上に企業価値を毀損するということについて、株主が賛否を表明したとは言い切れないはずです。しかし、買収防衛策に賛成が多かったという事実が、企業価値を毀損するという会社側の説明を株主が支持したという話に、ある意味、置き換わる評価になっているような気がしております。その結果、株主総会で、とにかく対抗措置の発動について意見を聞き、株主が承認したのであれば、対抗措置の発動も適法だという方向の考えが出てきたのではないかと推測をしております。しかし、先ほど述べたように、オール・オア・ナッシング提案に対しては株主の意思判断のゆがみの問題はありませんので、ここでも、株主総会決議があれば対抗措置の発動の必要性が自動的に基礎づけられるわけではないと考えるべきように思います。

6. ステークホルダーとの関係を理由にした買収への反対及び対抗措置の発動

Q6 ステークホルダーとの関係を理由にした買収への反対及び対抗措置発動の可否

Q6 ステークホルダーとの関係を理由にした買収への反対及び対抗措置発動の可否

定量的な価値ではなくて、定性的な価値を強調し、買収へ反対を行うということについて、本指針では、「測定が困難である定性的な価値を強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない」(9頁)とされ、買収に反対する上で従業員が反対をしていることや、取引先が反対をしていること等を理由にすることは、これまでよりも難しくなっている印象も受けるが、いかがか。

➔ 分析・実務への影響

小舘
(第5章で言及されている)買収への対応方針・対抗措置の話に限らず、買収提案を受領した対象会社において、メリット・デメリットを検討する際に、日々、頭を悩ませるポイントである。本指針を受けて、メリット・デメリットはなるべく定量化して検討をする方針にはなるが、定量化しにくい要素をどう評価していくのかという点が検討課題となる。

そして、買収への対応方針との関係では、本指針を踏まえて、単に従業員の反対といったものを主張するだけではなく、例えば、離職する可能性のある従業員という形で分析しようとしても、買収提案が公になっていない場合には、アンケートを取ることも難しいこともある。このように、定量的なものにするべく努力はするものの、定量化できないという場合も多いのではないかと思われる。
飯田先生
従業員や取引先の反対を押し切って買収された場合に、定量的な概念である企業価値に悪影響があるといえるのかどうかに注目するべきというのが本指針のポイントであるように思われる。また、企業価値の概念を企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和というように定量的な概念として定義する用語法は、遅くとも、企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(平成20年6月30日)には登場している。よって、この点は本指針で考え方が変わったというよりも、従来の考え方が本指針でより明確になり、本指針の第1原則との関係で、従業員や取引先が反対しているという抽象的な理由だけでは、買収へ反対する理由として不十分であることが、より明確になったものと理解している。

ありがとうございます。次の論点は、トピックが変わりますけれども、いわゆる定量的ではなくて、定性的な価値を強調し、買収へ反対を行うということについてです。本指針では、第2章にて、「測定が困難である定性的な価値を強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない」(9頁)とされ、買収に反対する上で従業員が反対をしていることや、取引先が反対をしていること等を理由にすることは、これまでよりも難しくなっている印象も受けますが、小舘弁護士から実務的なところのご説明をいただければと思います。

小舘

ここは、(第5章で言及されている)買収への対応方針・対抗措置の話に限らず、買収提案を受領した対象会社において、メリット・デメリットを検討する際に、日々、頭を悩ませるポイントではあります。いずれにしても、本指針を受けて、メリット・デメリットはなるべく定量化して検討をしましょうという方針にはなるのですが、当然限界があって、定量化しにくい要素をどう評価していくのかという点が検討課題として残ります。

そして、買収への対応方針との関係では、本指針を踏まえて、単に従業員の反対といったものを主張するだけでよいというわけにはならないと思われるのですが、例えば、離職する可能性のある従業員という形で、分析しようとしても、買収提案が公になっていない場合には、アンケートを取ることも難しいわけです。このように、定量的なものにするべく努力はするのですが、定量化できないという場合も多いのではないかと思われます。

飯田先生

従業員や取引先の反対を押し切って買収された場合に、定量的な概念である企業価値に悪影響があるといえるのかどうかに注目するべきであるというのが本指針のポイントであるように思います。また、企業価値の概念を企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローの割引現在価値の総和というように定量的な概念として定義する用語法は、遅くとも2008年の企業価値研究会の報告書(企業価値研究会「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(平成20年6月30日)、以下「2008年報告書」という。)には登場しています。ですので、この点は本指針で考え方が変わったというよりも、従来からこういう考え方だったことが本指針でより明確になり、企業価値・株主共同の利益の原則の第1原則との関係で、従業員や取引先が反対しているという抽象的な理由だけでは買収へ反対する理由として不十分であることもより明確になったものと理解しています。

7. 対抗措置発動の相当性の確保-損害軽減措置

本指針「別紙3」 2.「必要性・相当性の確保」(2)「相当性の確保」b) 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」8~10頁参照)

Q7-1 クリーンアップ条項に対する評価

Q7-1 クリーンアップ条項に対する評価

青柳
有事導入型の対応方針の案件を取り扱う中で、機関投資家の対応方針・対抗措置に関する議決権行使基準との関係で、クリーンアップ条項があることで金銭の交付が行われると判断され、反対の議決権行使がなされるという事例が実務上ある。本指針では、クリーンアップ条項について「2008年報告書などにおいて望ましくないとされてきた金員等の交付には必ずしも該当しないと考えられる」とされた(脚注95(52頁))ことから、今後、対応が変わることを期待している。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
第二新株予約権を付与することについては、会社財産が流出しているわけではない。そして、買収者は、第二新株予約権の行使で取得した株式を時価で処分して換金することで対抗措置の発動によって生じ得る経済的な不利益をある程度は回避でき、株価が上昇して高く換金できることがあるとしてもそれは買収者が株価変動リスクを負担した結果にすぎないため、買収者に特に有利な利益になるわけでもなく、合理性のある仕組みだと考えている。

その上で、第二新株予約権に付されたクリーンアップ条項は、買収者が10年後に金銭交付が受けられることを狙って、買収を行う前に一時停止するインセンティブが生じなくなって、かえって買収防衛策の発動を誘発するというような関係に立つとは考えにくく、特に問題視する必要もないと思われる。

今後の実務上の展開・残された課題

クリーンアップ条項を含む対応方針に対する機関投資家の今後の議決権行使の方針が注目される。

次は、有事導入型の対抗措置の発動に際して、買収者に付与される第二新株予約権に付されるクリーンアップ条項についてのご質問です。クリーンアップ条項が付された第二新株予約権は、一定期間(10年など)の経過後に、未行使の新株予約権があれば、金銭を対価に対象会社が取得できることになりますが、実務上はこの条項が正しく理解いただけないことがあるという問題があると理解しています。青柳弁護士からご解説いただければと思います。

青柳

ブルドッグソース事件を受けて、2008年報告書において、買収者に対して金銭の交付を行うことは望ましくないという記載が入りましたが、有事導入型の対応方針の案件を取り扱う中で、機関投資家の対応方針・対抗措置に関する議決権行使基準との関係で、クリーンアップ条項があることで金銭の交付が行われると判断され、反対の議決権行使がなされるという事例が実務上あります。本指針では、クリーンアップ条項について「2008年報告書などにおいて望ましくないとされてきた金員等の交付には必ずしも該当しないと考えられる」とされた(脚注95(52頁))ことから、今後、対応が変わることを期待しています。

飯田先生

前提として、第二新株予約権を付与するということについては、会社財産が流出しているわけではありませんし、買収者は第二新株予約権の行使で取得した株式を時価で処分して換金することで対抗措置の発動によって生じ得る経済的な不利益をある程度は回避できますし、逆に株価が上昇して高く換金できることがあるとしてもそれは買収者が株価変動リスクを負担した結果にすぎませんから、買収者に特に有利な利益になるわけでもありませんので、合理性のある仕組みだと思っています。その上で、第二新株予約権に付されたクリーンアップ条項ですけれども、買収者が10年後に金銭交付が受けられることを狙って、買収を行う前に一時停止するインセンティブが生じなくなって、かえって買収防衛策の発動を誘発するというような関係に立つとは考えにくく、特に問題視する必要もないと思っています。

Q7-2 損害軽減措置としてのエグジット支援(買収者に付与された新株予約権の譲渡先のあっせん)

Q7-2 損害軽減措置としてのエグジット支援(買収者に付与された新株予約権の譲渡先のあっせん)

損害軽減措置として金銭の交付ができないということに関連して、対抗措置により発動された新株予約権について、それを取得してくれる第三者を対象会社にてあっせんするというエグジット支援義務を盛り込むことで、損害軽減措置となり得るのか。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
交付された新株予約権を適切な金額で買い取ってくれる第三者が登場するのであれば、それは損害軽減となるとは思うが、実際に第三者が登場しなければ損害軽減にはならないため、軽減措置の程度としては、低いのではないかと思われる。裁判になったときの対抗措置の相当性の評価に際しては相対的にはネガティブに評価される可能性はある。

損害軽減措置として金銭の交付ができないということに関連して、対抗措置により発動された新株予約権について、それを取得してくれる第三者を対象会社にてあっせんするというエグジット支援義務を盛り込むことで、損害権限措置になり得るのかという点について議論させていただければと思います。

飯田先生

交付された新株予約権を適切な金額で買い取ってくれる第三者が登場するのであれば、それは損害軽減となるとは思うのですが、ただし、実際に第三者が登場しなければ損害軽減にはならないわけでして、軽減措置の程度としては、低いのではないかと思われます。機関投資家側からしますと、先ほどのクリーンアップ条項に比べて、エグジットの支援といった方が賛成しやすいのかもしれませんが、裁判になったときの対抗措置の相当性の評価に際しては相対的にはネガティブに評価される可能性はあると思います。

8. 対抗措置発動の相当性の確保-危険の引受け(予見可能性)

本指針「別紙3」 2.「必要性・相当性の確保」(2)「相当性の確保」c)・3「事前の開示」 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」8~11頁参照)

Q8 有事導入型の対応方針と予見可能性(平時導入型との比較)

Q8 有事導入型の対応方針と予見可能性(平時導入型との比較)

有事導入型は平時導入型に比べて予見可能性の点で劣るとされているが、現状においては、買収者としても、無理に買収を進めようとした場合、有事導入型の対応方針を対象会社にて採用する可能性があると認識すると思われる。その意味において、予見可能性はさほど低いというわけでもなく、平時導入型との違いは相対化しているのではないかという議論もあり得るがいかがか。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
有事導入型が広まっていることもあり、予見可能性は高まっており、その意味で違いは相対化してきていると評価できるが、他方で、有事導入型の場合は買付け前に対抗措置の内容等の詳細が示されているわけではなく、平時導入型との差はやはりあるのだと思われる。対象会社が有事導入型を採用する可能性があるというのは、いまだ抽象的な予見可能性にとどまると思われる。

さらに言えば、予見可能性や危険の引受けの論点を考える際には、買収者の損害回避可能性のファクターが重要であると思われる。市場買付けの場合には、成立した取引を撤回できないため、対抗措置が発動された場合の損害の回避を行いにくいところがある。そのため、市場買付けとの関係では、平時導入型で十分な予見可能性が確保されていた状況下でありながら発動基準を超える買付けをしたために対抗措置が発動されたのだからその危険の引受けをしていたはずであるといえる状況を確保するか、又は、有事導入型で損害軽減措置を提供する、のいずれかを用意することがフェアであると思われる。

それでは最後の質問となりますが、有事導入型は平時導入型に比べて予見可能性の点で劣るとされていますが、これだけ有事導入型が使用されている現状においては、買収者としても、無理に買収を進めようとすると有事導入型の対応方針を対象会社にて採用する可能性はあると認識するものと思われます。その意味において、予見可能性はさほど低いというわけでもなく、平時導入型との違いは相対化しているのではないかという議論もあり得るのではないかと思います。この点について、飯田先生のご意見をいただければと思います。

飯田先生

有事導入型が広まっていることもありますので、予見可能性は高まっており、その意味で有事導入型と平時導入型との違いは相対化してきていると評価できますが、他方で、有事導入型の場合は買付け前に対抗措置の内容等の詳細が示されているわけではないので、その点で平時導入型との差はやはりあるのだと思います。買収を進めようとした場合に、対象会社が有事導入型を採用する可能性があるというのは、いまだ抽象的な予見可能性にとどまると思います。

さらに言えば、予見可能性や危険の引受けの論点を考える際には、買収者の損害回避可能性のファクターが重要であると思っております。公開買付けを用いて買付けを行っていく場合、対抗措置が発動されても、公開買付けの撤回を行うことで損害の回避は可能です。他方で、市場買付けの場合には、成立した取引を撤回できないため、対抗措置が発動された場合の損害の回避を行いにくいところがあります。ここに、公開買付けの場合と、市場買付けの場合とで損害回避可能性の違いがあります。そのため、市場買付けとの関係では、平時導入型で十分な予見可能性が確保されていた状況下でありながら発動基準を超える買付けをしたために対抗措置が発動されたのだからその危険の引受けをしていたはずであるといえる状況を確保するか、又は、有事導入型で損害軽減措置を提供する、のいずれかを用意することがフェアであると思われます。

東京大学大学院法学政治学研究科
飯田秀総 教授

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