

本特集では、日本におけるセキュリティトークン市場の黎明期から現在、そして今後の展望について、セキュリティトークンのプラクティスに深くかかわる3名の弁護士による座談会形式でお話しします。
対談参加者
1. セキュリティトークン黎明期における規制環境の構築と業界への貢献
青木:本日は、日本におけるセキュリティトークン市場の発展について深く掘り下げていきたいと思います。まずは黎明期の動きと、その後の規制環境の整備について振り返りたいと思います。
河合:セキュリティトークンに関する本格的な議論が始まったのは、2018年末にセキュリティトークン社債に関するご相談をいただいたのがきっかけでしたね。当時、金融庁では暗号資産に関する研究会の議論が進んでおり、コインチェック事件やICOバブルの反動で、ICOへの厳しい規制、あるいは有価証券に該当するなら規制をかけるべきだという強い動きがありました。そのような規制強化の流れの中であっても、「セキュリティトークンならば新たな市場を形成できるかもしれない」という可能性が浮上し、証券会社や信託銀行といった大手金融機関が早期から関心を示していました。
青木:そうですね。その流れを受けて、2019年には金融商品取引法の改正法が成立しました。これは暗号資産だけでなく、セキュリティトークンにかかわる規制を整備するものであり、業界にとっては非常に大きな転機となりました。法律成立後、約1年間をかけて政省令の整備が進められ、いよいよ2020年4月に施行となりました。
梅津:これによってセキュリティトークンに適用される規制が明確になり、金融機関が参入するための法的なインフラが整いましたね。
青木:スキームの検討という観点では、受益証券発行信託が注目された経緯については、特に興味深い点が多いですね。
梅津:2020年ころから不動産を裏付けにしたセキュリティトークンの検討が始まったと記憶していますが、金融商品取引法以外の法律はセキュリティトークンのような新たな取り組みを想定したものではなかったため、実現したいことと法令上の解釈のギャップに苦慮する点が多々ありました。特に、ブロックチェーンを使ったプラットフォーム内で権利移転と対抗要件具備を完結させるという必要不可欠な条件を満たせるスキームを検討する必要があり、信託の中でも、受益証券発行信託が注目されることになりました。これは、民法上の債権譲渡のルールと異なり、受益権であればプラットフォーム外での譲渡を無効とすることが可能と考えられることに加えて、電子的なプラットフォームを受益証券発行信託の受益権原簿とみなし、プラットフォーム上のトークンの移転記録によって第三者対抗要件を備えることができると考えられたためでした。
河合:受益証券発行信託の中でも、あえて紙の受益証券を使わず、電子的な受益権原簿を作成して、そこで記録するという仕組みを思いついたことは、一種の「コロンブスの卵」的な発想の転換だったと思います。
青木:スキームの検討と並行して、当局との意見交換も頻繁に行われましたね。特に2020年の金融商品取引法及び政省令の改正施行前には、関係する業者の方々と共に具体的な問題について当局と議論を重ねました。
河合:はい。法律成立から施行までの間、セキュリティトークンの組成・販売やセカンダリにかかわる規制上の論点について、規制当局と何度も議論を重ねました。当初は規制を避ける形での商品組成も模索されましたが、最終的には規制から逃げずセキュリティトークンとして市場を拡大する方向へと転換しました。この過程で、当局の考え方を深く理解した上で、伝統的な法務プラクティスを踏まえたアドバイスを提供することで、新しい技術と商品に合った適切なプラクティスを構築していきました。これには、当事務所の金融庁との長期的かつ良好な関係性が寄与したと考えています。
また、早い段階から、証券会社、ブロックチェーンのテクノロジーを提供する会社、信託銀行、発行体といった各方面の依頼者からご相談を受けていたため、マーケット全体を俯瞰して最適な方向性を示すことができたという点も大きな強みにつながったと思います。
青木:業界団体の設立も、この市場の発展には不可欠だったのではないでしょうか。
河合:その通りです。2019年には日本STO協会が設立され、業界の意向を当局に説明し、投資家保護を図りながら、必要な規制緩和を促す役割を担ってきました。私自身もSTO協会の設立段階から監事として深く関与しています。また、セキュリティトークン研究コンソーシアム(SRC)も、セキュリティトークンに関する議論の場として機能しました。
梅津:新しい分野だからこそ、投資家保護は特に重要視されるべき点ですよね。
河合:まさにその通りです。新しい分野であるセキュリティトークンにおいては、規制が追いついていなかった中で、もし投資家保護に反する事態が発生すれば、一気に業界が萎んでしまう可能性がありました。そのため、私たちは、厳しすぎず、しかし投資家保護の仕組みを適切に構築することで、事故を未然に防ぎ、バランスの取れたアドバイスを提供することを常に心がけ、市場の健全な発展に貢献しています。

2. 専門性が問われる進化の現場―高度化するセキュリティトークン市場の最前線
青木:セキュリティトークン市場をめぐる近時の動きや、今後どのように発展していくかについても少し議論できればと思います。
河合:まず、プロダクトという観点からいえば、海外では複数の大手金融機関がトークン化MMF(Tokenized Money Market Funds)を展開しており、今後、流通性の高い短期金融商品としての利用や、デリバティブ取引の証拠金としての活用が期待されています。
梅津:これまでは裏付資産は不動産が主でしたが、最近は、航空機、PEファンド(プライベートエクイティファンド)、映画、ローン債権など、受益証券発行信託を使って、多岐にわたるアセットを裏付資産とするセキュリティトークンの発行が進められていますね。これにより、これまで流動性の低かった資産が、セキュリティトークン化によって新たな投資機会を生み出す可能性を秘めていると思います。
河合:少し異なる観点として、パブリックチェーンの利用という点も今後注目されますね。海外のセキュリティトークンの多くはパブリックチェーンを基盤としており、スマートコントラクトを用いて流通先を制限する形が実務となっています。日本ではプライベートチェーンが主流ですが、将来的にはパブリックチェーン上でKYC済みのクリーンなアカウントのみに送られる仕組みの実装が重要な課題となるでしょう。
青木:セキュリティトークンは、国の垣根を越えて発行、流通していくという世界になっていくことが予想されます。当事務所は、日本がグローバルスタンダードから取り残され「ガラパゴス化」しないよう、パブリックチェーンの安定性や拡張性を踏まえた、国際的な流通に対応できる制度設計を支えていきたいと考えています。
自己募集についても流れが変わってきていますね。今年は不動産セキュリティトークンの自己募集案件も登場するなど、従来の証券会社を介した販売だけでなく、事業者自身が顧客に直接販売する「自己募集」のスタイルが定着しつつあります。海外のセキュリティトークンは当初から自己募集のスタイルが多かったと思いますが、日本でもこの流れが加速していく可能性はあると思います。ただ、自己募集においては、ルールがあまり整備されていないので、投資家の利益が十分保護されないような状況を防ぐように留意する必要があると思います。この点、当事務所はバランス感をもって、投資家保護の観点もふまえたアドバイスをするように意識しています。
梅津:現在、セキュリティトークン市場はプライマリー(発行)市場が中心ですが、ODX(大阪デジタルエクスチェンジ)のSTARTのようなセカンダリーマーケットも登場してきています。今後は、PTS(私設取引システム)の活用やBtoB取引の可能性も含め、セカンダリーマーケットの活性化が市場発展の重要な鍵となりそうですね。
3. 柔軟なチーム力と豊富なノウハウを駆使するワンストップサービス
河合:セキュリティトークンの実務は、金融規制法だけでなく、民法、会社法、信託法、税法、個人情報保護法など、多岐にわたる法律分野が絡む非常に複雑な領域です。当事務所は、このような複雑な案件に対応するため、各分野の専門家が一体となって対応する体制を構築しています。
梅津:特に、受益証券発行信託を用いた商品では、これまでの先例が少なかったため、契約書やブロックチェーン上の事務処理のルールなどをゼロから作成する必要がありましたよね。私たちが築き上げた業界のスタンダードは、多くの新規案件において参考にされています。例えば、差押えの対応など、実務的な手続きに関しても裁判所関係者の見解も踏まえつつ、詳細なルールを策定してきました。
青木:事務所のカルチャーも、この多岐にわたる案件への対応に適していると考えています。当事務所は、伝統的に各分野でトップクオリティの弁護士を擁し、そのノウハウを複合的に提供する能力に長けています。事務所内のカルチャーとして、分野の垣根が低く、フィンテック、キャピタルマーケット、アセットファイナンス、税務、個人情報保護など、あらゆる分野の弁護士が自然発生的・日常的に協働しています。また、新しいことに積極的にチャレンジしようとする意欲が強く、事務所全体としてそれを後押しする雰囲気が醸成されています。
梅津:また、若手の弁護士が活躍する機会が多いというのもこの分野の醍醐味だと思います。この分野は変化が激しく、新たな法的論点もどんどん生まれています。そうした中で、若手弁護士が活躍できる機会は非常に多くあります。実際、チームは柔軟な体制で、やりたいと意欲のある弁護士に、レクチャーのうえ案件にどんどん参加してもらっています。新しいことに挑戦し、市場の創造に貢献したい方には、ぜひ私たちのチームに加わってほしいと願っています。
河合:私たちの強みは、対金融庁の高いコミュニケーション能力と、フィンテック分野での先進的な取り組みによる豊富なノウハウ蓄積、そして多様な関係者のニーズに対応できる柔軟な案件組成能力、そして複数の関連分野における専門家の層が厚く、分野横断的に最適なチームアップができる点にあると言えるでしょう。革新が次々と生じるセキュリティトークンの市場をさらに開拓すべく、黎明期から培ってきたノウハウを活かし、今後も市場をリードしていきたいと考えています。

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