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特集:企業買収における行動指針 対談【第1回】取締役・取締役会の行動規範・買収に関する透明性の向上を中心に(後編)-東京大学大学院・後藤教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-
その他 2023年12月

特集:企業買収における行動指針 対談【第1回】
取締役・取締役会の行動規範・買収に関する透明性の向上を中心に(後編)
-東京大学大学院・後藤教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-

2023年12月
著者等 小舘 浩樹  飛岡 和明  佐橋 雄介 
発行年月日 2023年12月7日
業務分野 コーポレート M&A等

第1回前編はこちら

本企画では、買収行動指針に関する幅広いテーマをトピックとして、全2回にわたり、会社法研究者と実務家との対談を行っています。このような対談を通じて、現状の実務を確認するとともに買収行動指針の理論的背景を探り、これらを踏まえて、買収行動指針が今後の実務に与える影響について様々な角度から検討を行っています。本企画が、皆様のご理解の一助となれば幸いです。

買収行動指針は、買収に関する対象会社の取締役その他の当事者についての新たな行動規範を示すとともに、近時の裁判例も踏まえて有事導入型を含む買収への対応方針・対抗措置に関する論点についての考え方を整理したものとなっており、今後のM&Aの実務に大きな影響を及ぼすものと考えられます。

買収行動指針」に関する解説については、以下のニュースレター(全4回)をご覧ください。

目次

6.取締役会が買収に応じる方針を決定する場合の交渉の在り方

Q6財務状況が悪化した会社の買収やディスカウントTOBの場合の対応

7.企業価値向上には資すると判断されるが価格が十分とは言い難い提案に取締役会が賛同する例外的な判断をする場合について

Q7-1実務上「例外的な判断」が行われるケース

Q7-2本指針をふまえた今後の取締役会による判断の方針

8.部分買収について

Q8-1実務上部分買収が行われるケース

Q8-2本指針で言及されている「部分買収であることによる問題」の趣旨

9.特別委員会の委員の行動規範・役割・留意点

Q9-1本指針で言及されている3つの「特別委員会」

Q9-2弁護士による「特別委員会」へのアドバイス

10.事前取得の利用と買収意向に関する情報開示

Q10-1買収者による事前取得段階での公表や情報提供の在り方

Q10-2実務上事前取得が行われるケースと本指針が与える影響

Q10-3大量保有報告制度に関する議論

11.買収行動指針に違反した場合の効果

Q11本指針に違反した場合の効果

6. 取締役会が買収に応じる方針を決定する場合の交渉の在り方

本指針第3章「買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」3.2.3「株主にとってできる限り有利な取引条件を目指した交渉」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要②」6、7頁参照)

Q6 財務状況が悪化した会社の買収やディスカウントTOBの場合の対応

飛岡
特殊な案件ではあるが、例えば、財務状況が悪化しているような会社が、特定のスポンサーに対して第三者割当増資で、相当数の株式を付与することで経営支配権を獲得させるというような場合や、現状の親会社がディスカウントTOBで株式を売却するような場合、いずれも経営支配権の取得という意味では、本指針における買収の定義に当てはまりそうではあるが、そういった場合においても、取締役会として価格をできるだけ上げるべきという交渉をすべきなのか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
財務状況が悪化している会社の救済のような場合に、買収価格を引き上げなければならないとすると、買手がいなくなってしまうという問題があるが、一切自由でよいとも思われない。過去に、ソニーアイワ事件(東京高判昭和48年7月27日東高時報(民)24巻7号144頁)という同じタイプの事例があった。業績が悪化したアイワによる新株発行について、より高い価格で発行せよという株主の請求を裁判所は否定した。同事件では問題になっていないが、支配権が急に異動してしまう状況であれば、スポンサーに有利な価格ではあるが救済を受けるということでよいかということについて、株主総会決議を取った方が良かったのではないかと思っている。選択肢としては、TOB規制をかけて、プレミアムが行き渡るような形で買収させるのがよいのか、そこまでは求めないけれども、株主総会で判断させるのがよいのか、どっちがよいのかはすぐには言えないが、株主による救済の余地を残しておくべきと考えている。
ディスカウントTOBの場合、支配株主が第三者に売却する場合に、ディスカウントで部分買収により売却されてしまうという状況が生じ、残りの株主としてはどのような状況に置かれるのか分からず、また強圧性も出てくる。そこに対象会社として介入できないというのは、本指針の基本になっている発想からすると、望ましい状況ではないように思われる。他の買手がもっと高く買ってくれるのであれば、それが一番望ましいので、対象会社の経営陣として、そこにどう介入して関与していけるのかが重要。

今後の実務上の展開・残された課題

財務状況が悪化している会社の救済のような場合においても、株主による救済の余地を残すべきであるか。また、ディスカウントTOBの場合に、対象会社の取締役として支配株主と買主との交渉にできるだけ介入するよう努めるべきとしても、どのように介入できるのかが実務上の課題である。

Q6 財務状況が悪化した会社の買収やディスカウントTOBの場合の対応

飛岡

本指針上は買収の定義に当てはまるのではないかと思われるものの、特殊な考慮を要するのではないかと思われる案件についての考え方を議論できればと思っております。例えば、財務状況が悪化しているような会社が、特定のスポンサーに対して第三者割当増資を実施することにより、経営支配権が異動するような場合や親会社がディスカウントTOBで上場子会社の株式を売却するというような場合、いずれも経営支配権の取得という意味では、買収の定義に当てはまりそうですが、そういった場合に、取締役として価格をできるだけ上げる交渉をしなければならないのか、後藤先生はどのようにお考えでしょうか。

後藤先生

結構難しい問題かなと思います。特に財務状況が悪化している会社の救済のような場合、買収価格を引き上げなければならないとすると、買手がいなくなってしまうということあるのかなとは思います。公開買付規制についての金融審議会の議論がどうなるかがわからないところはあるのですが、やはり関係者全員が望まない結果で終わるというのは良くないという気はしています。ただ、一切自由でよいのかというと、それはまた悩ましいところです。過去に、ソニーアイワ事件という同様のタイプの事例がありました。この件はスポンサーが追加で出資せよという株主の請求を裁判所が認めなかったという事案ですが、追加で出資させたら救済しないということになりかねないので、裁判所はこの請求を認めなかったということだと思うのですが、他方で、この事件自体では問題になっていませんが、私は株主総会決議を取った方がよかったのではないかと思っています。支配権が急に異動してしまう状況で、でも救済を受けないとこのまま倒産してしまうという場合に、スポンサーに有利な価格ではあるが救済を受けるということでよいかということについては、株主総会の許可を取るべきではないかと思います。価格の点は除いて、新しく親会社ができる場合には株主総会決議が必要であるとしている会社法第206条の2は、基本的にはそういう発想でできています。同条には本当に株主総会をやっている時間すらない場合の例外規定もありますが、これがどこまで使えるような例外かということは、なかなか悩ましいと思います。選択肢としてはTOB規制をかけてプレミアムが行き渡るような形で買収させるのがよいのか、そこまでは求めないが株主総会で判断させる方がよいのか、どちらがよいのかはなかなか明確に言えないというところです。ただし、問題点自体は非常にごもっともなご指摘で、しっかりと救済ができるような形にしておく必要はあるのかなと思っております。

飛岡

いわゆるディスカウントTOBのような形で現状の大株主から株式を譲渡するといった場面についてはいかがでしょうか。

後藤先生

こちらについても、日本は特殊だと聞くこともありますが、やはり少し不思議な状況ではあります。あえて安く売りたい人がいるという状況なわけですが、逆に言うと、買ってくれる人がいないから、そういう形になるということだとも思うんですね。そのように見た場合、自社株買いだとまた別だと思いますが、第三者が買主となる場合に、ディスカウントで部分買収により売却されてしまうという状況が生じ、残りの株主としてはどういう状況に置かれるのか分からないということになると思います。そこに対象会社として手を出せないというのは、本指針の基本になっている発想からすると、あまり望ましい状況ではないと思います。その時に他の買手がもしもっと高く買ってくれるのであれば、それが一番望ましいわけですから、経営陣としてそこにどう介入して関与していけるのかが重要と思います。また、本指針では、部分買収の問題についても強めに指摘されています。部分買収の場合には、強圧性も出てきますし、残された株主の利益ということからも、買収防衛策(買収への対応方針)を正当化するような事情の一つにもなり得るということですので、やはり問題はあるように思われます。

7. 企業価値向上には資すると判断されるが価格が十分とは言い難い提案に取締役会が賛同する例外的な判断をする場合について

本指針第3章「買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」3.2.3「株主にとってできる限り有利な取引条件を目指した交渉」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要①」7頁参照)

Q7-1 実務上「例外的な判断」が行われるケース

飛岡
そもそも実務上、こういった意見が出るような場面は存在するのか。

➔ 分析・実務への影響

佐橋
実務上は友好的な買収であっても、TOBの価格が他の案件に比して低いとか、本源的価値からして十分ではないと考える場合に、対象会社としてTOB自体にそもそも賛同しないということも理論上ありえるし、TOBに賛同しつつも応募推奨しないといったような事例も見られる。ただ、価格が十分とは必ずしも言えないという考える場合であっても、取引条件について交渉し、例えば、買付予定数の下限としてマジョリティ・オブ・マイノリティ条件を求めるとか、積極的なマーケットチェックも行って、その結果、この値段になったというような事情を考慮して価格がやや低いことを認めつつも、賛同と応募推奨するというようなケースもある。

Q7-2 本指針をふまえた今後の取締役会による判断の方針

飛岡
本指針を踏まえて、価格が十分ではないものの企業価値の向上には資すると考える時に、取締役会として賛同した上で応募推奨しないというような意見は今後もあり得るのか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
ケースバイケースにならざるを得ない。例えば、マーケットチェックをしっかりやっているのであれば、プレミアムが他と比べて低かったとしても、そこは本質的ではないので、賛同・応募推奨してもよいと思う。他の例として、マーケット全体が落ち込んでいる場面で、2年待てば株価がもっと上がってるかもしれないという場合に、それを待てずに今売却することに理由があるのであれば、応募推奨してもよいだろうが、逆に、今売却する必然性がないのであれば、そもそも賛同するべきなのかも考え直した方がよい。この議論は企業価値と株主価値を分けて考えているところがあると思うが、それらは本来セットだというのは、本指針のメッセージだと思うので、企業価値は上がると思うが応募推奨できないというのは良くないと思う。それであれば、片方賛成よりは、一切中立という立場を取ることも一つの方法としてありうる。他の方法として、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件や買付予定数の下限を設定するという方法もあるが、8割の議決権を機関投資家が持っているという対象会社の場合であれば信頼できるかもしれないが、持合的な株主がかなりいて安定株主が多いとすると、他の一般の投資家にとっては当てにならないので、これらの方法は万能ではない。そうは言っても、少しでも高く売れるのであれば今売りたいという株主はいるかもしれない。賛同も応募推奨もできないが、プレミアムがついているのでディールを止めさせる必要はないと考えるのであれば、マーケットの判断に完全に委ねるということもあり得ると思う。

今後の実務上の展開・残された課題

企業価値向上には資すると判断されるが価格が十分とは言い難い提案について、本指針を受けて、対象会社の意見表明にどのような影響を与えるのか注目される。

Q7-1 実務上「例外的な判断」が行われるケース

飛岡

本指針では、企業価値の向上に資すると判断されるが、価格が十分とは言い難い提案について取締役会が賛同する例外的な判断をする時には、その合理性について十分な責任、説明を果たさなければいけないとされており、さらに脚注ではありますが、そもそも賛同すべきではない場合もあり得るとされています。まずは佐橋弁護士にお聞きしますが、実際に実務上、こういった意見が出るような場面はあるでしょうか。

佐橋

まず前提として、部分買収については、価格は十分であると考えていたとしても、全ての株主に対して完全な売却の機会を提供するものではないことから、買収提案に賛同しつつも応募推奨しないということが一般的であると理解していますので、ご想定の質問は、全部買収であることを前提としてお話をさせていただきます。実務上は友好的な買収であっても、TOBの価格が他の案件に比して低いとか、本源的価値からして十分ではないと考えるような場合に、対象会社としてTOB自体にそもそも賛同しないということも理論上ありえますし、想定されている事例のように、TOBに賛同しつつ応募推奨しないという事例も見られます。ただ、価格が十分とは必ずしも言えないと考える場合であっても、その他に、取引条件について交渉する、例えば、買付予定数の下限としてマジョリティ・オブ・マイノリティ条件を求めるとか、積極的なマーケットチェックも行って、その結果、この値段になったというような事情を考慮して、価格がやや低いことを認めつつも、賛同と応募推奨するというケースもあるかと思います。

Q7-2 本指針をふまえた今後の取締役会による判断の方針

飛岡

後藤先生にお聞きしますが、今のようなケースも実務上あり得るということですが、本指針を踏まえて、価格が十分ではないものの企業価値の向上には資するというときに、取締役会として賛同した上で応募推奨しないというような意見は許容されるのか、それともそういった買収提案は株主共同の利益には資さないので反対すべきなのか、ご意見ありますでしょうか。

後藤先生

ケースバイケースにならざるを得ないように思います。例えば、今、佐橋弁護士がおっしゃっておられたように、マーケットチェックもしっかりやり、実際に売却可能なベストな価格はこれですということになった場合に、もっと高く売れるはずと思う株主はいるかもしれませんが、仮にそのプレミアムが他の案件と比べて低かったとしても、本質的にはプレミアムが何%というところにポイントがあるわけではないので、売却可能な価格はこれしかないということで、堂々と賛成し推奨してもよいと思います。

他には、例えば、今マーケット全体が落ち込んでいるので株価が低くなってしまっているが、あと2年待てばもっと株価が上がってるかもしれないという場合に、株価の上昇を待たずに今売却することに理由があるのであれば、応募推奨してももちろんよいと思いますが、今売却する必然性がないのであれば、そもそも賛同するべきなのかも、しっかりと考え直した方がよいのではないかと思います。この議論は、企業価値と株主価値を分けて考えているところがあると思いますが、その2つは本来セットだというのが本指針の一つのメッセージだと思いますので、企業価値は上がると思うが、応募推奨できませんというのは中途半端なように思います。ファミリーマート事件も、その点が裁判所に批判されたものと思います。そうであれば、片方賛成というよりは一切中立という立場を取ることも、責任の放棄ではないかという批判もありえなくはないですが、一切意見を述べないということもありえるように思います。

他に考えられる方法として、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定や買付予定数の下限の設定もありますが、それらがどこまで信頼できるかは、その会社の株主構成によると思います。例えば議決権の8割を機関投資家が保有しているというような会社であれば信頼できると思いますが、持合的な株主がかなりおり、安定株主が多いとすると、あまり当てにならない、特に他の一般の投資家にとっては当てにならないかと思いますので、それらは万能ではないということは指摘しておくべきかと思います。そうは言っても、少しでも高く売れるのであれば今売りたいという株主はいるかもしれません。その時は、先ほど申し上げたとおり、賛同も応募推奨もできないが、プレミアムがついているのでディールを止めさせる必要までではないと考えるのであれば、一切の判断をマーケットに委ねるということも、あり得ないわけではないという気はします。

8. 部分買収について

本指針第3章「買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」3.2.2「買収比率や買収対価による差異」、3.2.3「株主にとってできる限り有利な取引条件を目指した交渉」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要②」6、7頁参照)

Q8-1 実務上部分買収が行われるケース

飛岡
部分買収について、本指針では批判的な態度が取られているように思われる。実務上、どういったニーズでどういった時に行われているのか。

➔ 分析・実務への影響

小舘
①単純に買付者側の予算の問題がある場合、②対象会社側が経営の自由度を求め上場維持を希望する場合、③過半数で試してみて、うまくいけば、その後に完全買収を行うというツーステップでの買収を行う場合などがある。ただ、部分買収に対する批判的な意見は強まってきているという印象。

Q8-2 本指針で言及されている「部分買収であることによる問題」の趣旨

飛岡
部分買収にはそもそも問題はあるのか、ある場合、具体的にどういった問題であるのか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
全部買収の場合、株主は全部売却してしまうことから、その後の企業価値について関心がないともいえるが、買収者は、企業価値が下がった場合にはダイレクトに影響を受けるため、その点についてしっかりと考えるはずである。部分買収の場合には、残された株主は、買収者による買収後の方針により影響を受けてしまうことから、買収者による買収後の企業価値向上策も買収に応じるか否かの考慮要素になる。そこから強圧性の問題が生じることもある。ただ、例えば、最初に過半数を買収して、その後に100%子会社化するということであれば、企業価値を下げるような会社経営をしないと思われ、その場合には問題はないということになる。部分買収を禁止して、結局買収自体が減ってしまうよりは、政策として部分買収を認める余地は残しておいた方がよい。

今後の実務上の展開・残された課題

部分買収の問題に関する制度的な対応として、ヨーロッパ型(TOB規制を強化するアプローチ)を目指すのかアメリカ型(レブロン義務などに現れる取締役の信任義務や支配株主の義務を背景としたアプローチ)を目指すのかという問題がある。金融審議会では、ヨーロッパ型を目指すという議論を行っているように思われるが、本指針は、レブロン義務に近づいている側面もあるとすると、TOB規制の議論にも影響を与えるように思われる。

Q8-1 実務上部分買収が行われるケース

飛岡

先ほど後藤先生からもご指摘があったとおり、部分買収について、本指針においては割と批判的な態度が取られているかなというところですが、他方で、実務上一定の数の部分買収が行われているのも事実です。まず小舘弁護士へのご質問になりますが、部分買収は実務上、どういったニーズでどういった状況において行われるものでしょうか。

小舘

恐らく三つほど理由があり、一つは単純に買付者側の予算の問題ということがあります。他には、対象会社側が上場維持を希望する場合があります。これは、完全子会社化されてしまうと独立性が失われてしまうため、上場を維持することで一定の自由度を確保したいということだと思われます。さらには、買収者側、対象会社側の双方のニーズから、まずは過半数を取得して子会社化した上で、期待通りのシナジーが得られるということが確認できれば完全買収をするというようなツーステップでの買収のニーズが一定程度あります。ただし、最近は、部分買収の問題がいろいろなところで指摘されており、取引所においても上場子会社の在り方について研究会で継続議論しているような状況ですので、しっかりと説明をしないと、部分買収の実施はだんだんと厳しくなってくるのかなという認識です。

Q8-2 本指針で言及されている「部分買収であることによる問題」の趣旨

飛岡

部分買収については、批判はありつつも実務上一定のニーズはあるようです。後藤先生にお聞きしますが、本指針においても、部分買収については問題が大きい場合がありうると言及されていますが、具体的にどのような部分買収について問題が大きいと考えられるのでしょうか。

後藤先生

株主の観点からすると、全部買収の場合には、株式を全部売って現金に変わるわけなので、その後の企業価値について関心はないということになります。その代わり、買収後に企業価値が下がった場合には買収者にダイレクトに影響を与えることになりますので、その点は当然買収者がしっかりと考えるはずで、全部買収の場合には、買収後の企業価値を考えなくて済むという効果を持つと思います。部分買収の場合には、そうは言えず、例えば51%買収である場合、他の株主が持っている価値の約半分は、買収者の方針により影響を受けてしまうわけですから、買収後の企業価値も考慮要素に入ってくると思います。その結果として、さらに強圧性の話につながることもあり得ます。ただし、先ほど言われたようなお試し期間といいますか、とりあえず一部買収してみて、ある程度統合を進めた後で、最終的には100%子会社化するということであれば、一部買収後におかしな方針も取らないと思われます。その場合にはおそらく問題はないので、最初から全部買収しか認めず、結局買収自体が減ってしまうということになるよりは、政策として、部分買収を認める余地も残しておいた方がよいのかなと思います。部分買収がおよそダメだということではなく、部分買収の場合には考えなければならないことが増えてくるということなのかなと思っています。部分買収が良い、悪いというよりは、どこからアプローチするかが少し違うという感じでしょうか。

小舘

先ほどのディスカウントTOBも、過半数かどうかは別として、通常部分買収になるかと思うのですが、やはり全部買付義務付きの公開買付けの対象にすべきかどうかというポリシーの問題が先にあるのでしょうか。

後藤先生

そうですね。本質的には、日本はヨーロッパのようにTOB規制を強化する方向を目指すのか、アメリカのようにそうではない方向を目指すのかというところですが、アメリカは、部分買収により残された株主の利益の保護を強力な取締役の信任義務規範によって埋めているというところがあり、さらに支配株主の義務も認められています。金融審議会で行われている議論は、ヨーロッパ型のTOB規制にどこまで近づけるかという話だと思いますが、本指針はレブロン義務に近づいている側面もあり、アメリカに学ぼうとしているところもあります。両方の良いところを取り入れるということで良いのかもしれませんが、どちらの方向を目指すのかよくわからないところもあります。ひとまず本指針ができて、もしアメリカ並みの行動規範が期待できるようになるのだとすると、今度はTOB規制についても政策論としてどうあるべきかということに影響を与えるようにも思われます。

9. 特別委員会の委員の行動規範・役割・留意点

本指針第3章「買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」3.3「公正性の担保-特別委員会による機能の補完・留意点」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要②」7、8頁参照)

Q9-1 本指針で言及されている3つの「特別委員会」

飛岡
本指針の中で、買収提案を検討する特別委員会、買収への対抗措置の発動を検討する特別委員会、公正M&A指針における特別委員会という3つの特別委員会が出てきている。これらの考え方、行動規範、役割等に関して違いがあるのか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
基本は同じであり、経営陣が利益相反になるような状況で、株主の利益のために、経営陣に代わって手続に関与するというもの。その時に、利益相反がどのような形で発生しているかによって、役割等は変わってくるが、任務の方向性は一緒と理解している。

Q9-2 弁護士による「特別委員会」へのアドバイス

飛岡
リーガルアドバイザーとして、それぞれの特別委員会にアドバイスする上で、違いを踏まえて何か気をつけているところはあるか。

➔ 分析・実務への影響

佐橋
いずれの特別委員会においても、社外取締役を中心としたメンバーで特別委員会が編成されることになるが、こういった特殊な状況に慣れている社外取締役はなかなかいない。そのため、設置されるに際して、どのような観点から検討する必要があるのか、支配株主との取引であり構造的な利益相反や情報の非対称性に注意すべきであるのか、そういった問題はないものの、株主の利益のためにできるだけ価格を上げる役割が求められているのか、あるいは、経営陣の保身から買収防衛策(買収への対応方針)における対抗措置が発動されるということはないのかといった観点から検討する必要があるのか、といった役割、問題意識を明確に認識してもらうことになる。

今後の実務上の展開・残された課題

本指針を踏まえた、特別委員会の積極的な関与、意識の向上が求められることになる。

Q9-1 本指針で言及されている3つの「特別委員会」

飛岡

本指針の中で、①買収提案を検討する特別委員会、②買収への対抗措置の発動を検討する特別委員会が挙げられており、さらに、③公正M&A指針においても特別委員会が挙げられており、近時の買収に関する指針において、三つほど特別委員会が出てきています。後藤先生にお聞きしますが、いずれも利益相反を回避して対象会社として公正な判断を行うためのものという目的では同じかとは思いますが、一方でそれぞれ検討するべき利益相反の程度が違い得ることから、この三つの特別委員会の考え方、行動規範、役割等に関して違いうる点があるのでしょうか。

後藤先生

基本線は一緒なのかなと思っていまして、シンプルに言うと、経営陣が利益相反になるような状況で、株主の利益のために経営陣に代わって手続に関与するということなのかなと思います。その時に利益相反がどのような形で発生しているか、例えば、買収防衛をしようとしているのか、むしろ低い価格で売ろうとしているのかによってやることは変わってくるけれども、大きな意味での任務の方向性は一緒という理解でよいのかなと思っています。

Q9-2 弁護士による「特別委員会」へのアドバイス

飛岡

佐橋弁護士にお聞きしますが、実務において3つの特別委員会にアドバイスする上で、それぞれの役割に応じて何か気を付けているところがあるのか、あるいは、特段異なるところはないのかというあたりについて、いかがでしょうか。

佐橋

MBOや支配株主との取引における特別委員会、それ以外の通常の第三者による買収案件におけるような特別委員会、いわゆる買収防衛策(買収への対応方針)において設置する特別委員会のいずれにおいても、社外取締役を中心としたメンバーで編成されることになりますが、こういった特殊な状況に慣れている社外取締役はなかなかいないと思います。そこで、まずは特別委員会が設置されるに際して、どのような観点から、例えば、先ほど申し上げたような支配株主との取引であり構造的な利益相反や情報の非対称性に注意すべきであるのか、そういった問題はないものの、株主の利益のためにできるだけ価格を上げる役割が求められているのか、あるいは、経営陣の保身から買収防衛策(買収への対応方針)における対抗措置が発動されるということはないのかといった観点から検討する必要があるのかとか、そういった役割を、明確に認識してもらうということとなります。そういった観点は諮問事項にも反映されており、それぞれの特別委員会のメンバーは当然関心を持たれるので、方向性さえしっかりとアドバイスできれば、あとはうまく進んでいくと考えております。

10. 事前取得の利用と買収意向に関する情報開示

本指針第4章「買収に関する透明性の向上」4.1.1.2「事前取得の利用と買収意向に関する情報開示」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要③」3頁参照)

Q10-1 買収者による事前取得段階での公表や情報提供の在り方

飛岡
本指針において、事前取得については、その後に公開買付けを実施する意向が確定的である場合には、その旨の情報提供を資本市場や対象会社に対して行うことが望ましいと書かれている。一方でパブコメでは、事前取得の段階で公開買付けを実施する意向が確定的であるような場合はないと思われ、当該規定は意味をなさない可能性があるというような意見が出されている。買収者として、事前取得の段階で何らかの形で将来の買収について公表や情報提供をしていくべきなのか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
マーケットからすれば情報が開示された方がよいが、買収者としては、買収に関する情報が出てしまうと、株価が上がってしまい、そもそも買収ができなくなるということがあることから、当然それを隠したいと思うはずである。その制度上の妥協点が現在の大量保有報告書制度であり、あえて情報開示を必要とする方向に持っていく理由は特にないと思う。買収者が将来の買収の意向を明らかにしないことにも合理性があり、明らかにしなかったことをもって、何らかの義務違反であったり、本指針に従っていないとネガティブに評価すべきではない。

Q10-2 実務上事前取得が行われるケースと本指針が与える影響

飛岡
そもそも事前取得はどのような場合に行われているか。本指針の影響などについてどのように考えるか。

➔ 分析・実務への影響

佐橋
実務上のニーズについては、価格が低いうちに取得しておいた方が将来の買収の目的が達しやすくなるという事情、ある程度の大株主となり、交渉力を確保した状態で対象会社側と協議を行いたいといった事情や、資本提携を目論んでいるような場合には、その実現に向けた本気度を示したいといったような事情がある。最初から公開買付けを実施する意向が確定的であるということは、実務上考えにくいのではないかと思われ、本指針がどこまで影響があるのか疑問に感じる。他方、対象会社側からすると、買収者が、一部取得の後、結果的に買収を行うことになった場合に、当初の一部取得の際に公開買付けを実施する確定的な意向があったのではないかとして、開示を行わなかった理由を尋ねるということは、増えるかもしれない。

Q10-3 大量保有報告制度に関する議論

飛岡
大量保有報告制度に関し、本研究会では、大量保有報告書において十分に情報開示がされていないのではないか、特に当局が積極的に動いておらず情報開示が十分されていないのではないか、議決権の共同行使の合意があるといった時に開示が不十分ではないかといった意見も一部で出ていた。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
今の大量保有報告制度とエンフォースメントについて様々な意見があるが、制度として存在する以上、当局が動いていないというのはよろしくないが、サンクションとして何がよいのか、議決権の停止等も含めるべきかというのは議論としてあり得る。それとは独立して議論しなくてはならないのが、共同保有の範囲をどこまでにするのか、ウルフパックとして批判されるものを本当に全部止めた方がよいのか、一つの株主の行動の仕方として認められるのかという問題である。そこはアクティビズム等も、どのぐらいあった方がよいのかというところを踏まえて考えなければいけない。そのため、報告期限を含めた特例報告と一般報告との違いが今のままでよいのか、それを識別する基準として保有目的という分け方でよいのかということも政策論としてはあり得る。その上で最後にエンフォースメントの話が独立に議論されるべきである。

今後の実務上の展開・残された課題

適正なレベルのアクティビズムとは何かという点も踏まえて、政策的なプロコンも含めて検討されるべき問題である。現在、金融審議会で議論されている問題であるが、その行方が注目される。

Q10-1 買収者による事前取得段階での公表や情報提供の在り方

飛岡

本指針において、事前取得については、必要な場合もあるということで特段否定されているわけではありませんが、公開買付けに先立って市場で株式の取得を進めるにあたり、その後に公開買付けを実施する意向が確定的である場合には、その旨の情報提供を資本市場や対象会社に対して行うことが望ましいと書かれています。一方でパブコメでは、事前取得の段階で公開買付けを実施する意向が確定的であるような場合はないと思われ、特に同意なき買収の意向がある場合には、その意向を隠すために事前取得を行うはずであり、当該規定は意味をなさない可能性があるというような意見が出されているところです。今、金融庁においても金商法の改正ということで議論されているところですが、買収者として、事前取得の段階で何らかの形で将来の買収について公表、情報提供していくべきなのかということに関して、後藤先生にご意見をお聞きできればと思います。

後藤先生

本研究会での議論を完全にフォローしていないところがありますが、マーケットからすれば、近い将来に高く買ってもらえるという場合、今の株価では売らないという投資家はいるでしょうから、できるだけ情報が開示された方が望ましいというのは当然だと思います。ただ、先ほどもマーケットチェックに関して話があったように、情報が出てしまったら株価が上がってしまい、そもそも買収ができなくなるということがあるため、買収者側としては当然隠したいと思うはずです。その制度上の妥協点が大量保有報告書制度だと思います。保有割合が5%を超えたら大量保有報告書を出さなければならないことになりますが、保有目的ではなく保有割合を基準としているのが現在の制度で、それ以上にあえて情報開示を必要とする方向に持っていく理由は特にないと思います。パブコメで指摘されているように、買収者は当然将来の買収の意向を明らかにするわけがないのであって、明らかにしないことに合理性があると思いますし、明らかにしなかったことをもって、何らかの義務違反であったり、本指針に従っていないとネガティブに評価し、買収防衛を認めるということにはなるべきではないのではないかと思っています。

Q10-2 実務上事前取得が行われるケースと本指針が与える影響

飛岡

佐橋弁護士にお聞きしますが、そもそも事前取得はどのような場合に行われているでしょうか。また、今、後藤先生から指摘があった開示ができるのかということを含めて、本指針の実務上の影響など考えられていることはありますでしょうか。

佐橋

まず事前取得がどのような場合に行われているかということですが、当然ながら一部事前に取得しておいた方が、価格が低いうちに一部を取得できることになり、将来の買収の目的を達しやすくなるということがあると思います。また、一部取得によりある程度の大株主となり、交渉力を確保した状態で対象会社側と協議を行いたいと考える場合や、資本提携を目論んでいるときに、その実現に向けた本気度を示したいと考える場合があると思っています。ただ、そのようなニーズがあると言っても、先ほど後藤先生がおっしゃられたように、プレミアムがついていない状態で株式を売らざるを得なかった株主からすれば不満が残ることになるので、その点が問題の所在だと考えています。

本指針の事前取得に関する記載については、パブコメにおいてもいろいろとコメントが寄せられていますが、最初から、公開買付けを実施する確定的な意向を持っているということは実務上考えにくいのではないかと思われますので、どこまで実務的に影響があるのか疑問に感じるところです。他方で、対象会社側からすると、買収者が、一部取得の後、結果的に買収を行うことになった場合に、当初の一部取得の際に、公開買付けを実施する確定的な意向があったのではないかと指摘し、どうしてその旨の開示を行わなかったのかといった理由を尋ねるということは、今後増えるかもしれません。それがひいては買収防衛策(買収への対応方針)における買収提案に対する反対の理由として使われる可能性も否定できないように思われます。

Q10-3 大量保有報告制度に関する議論

飛岡

後藤先生にもう一点同じところでご意見をお聞きできればと思います。先ほど大量保有報告書において開示されればよく、それ以上情報開示を求める必要はないとご意見いただいたところですが、本研究会において、大量保有報告書において十分に情報開示がされていないのではないか、特に当局が積極的に動いておらず、情報開示が十分されていないのではないか、また、議決権の共同行使の合意があるといったときにきちんと開示されてないのではないかというように、大量保有報告書での開示が不十分ではないかという意見も一部で出ていました。この点についてご意見はありますでしょうか。

後藤先生

先ほどはあのように申し上げましたが、今の大量保有報告制度とそのエンフォースメントが理想的かというと、様々な意見があるところだとは思っています。制度の中身がどうであれ、制度として存在する以上は当然エンフォースメントすべきだと思います。当局が動いていないというのはよろしくないですし、その時にサンクションとして何がよいのか、議決権の停止なども含めるべきかといった議論はあり得ると思います。

それとは独立して議論しなくてはならないのが、共同保有の範囲をどこまでにするのか、ウルフパックとして批判されるものを本当に全部止めた方がよいのか、一つの株主の行動の仕方として認められるのかという問題です。この点は、アクティビズム等がどのぐらいあった方がよいのかというところを踏まえて考えなければならないと思います。そのため、報告期限を含めた特例報告と一般報告との違いが今のままでよいのか、純投資かどうかといった保有目的で分けるとしても、保有目的は後からそう思っていましたと言ってしまえばそれまでなので、その切り方がよいのかどうかを考える必要があり、逆に重要提案行為をする目的があったとしても特例報告でよいのではないかということも政策論としてはあり得ると思います。今の金融審議会でどこまでゼロベースで検討するのかはわかりませんが、政策的なプロコンを考えて検討する必要があると思います。その上で最後にエンフォースメントの話を独立して議論すべきではないかと考えています。

11. 買収行動指針に違反した場合の効果

本指針第1章「はじめに」1.2「本指針の意義と位置づけ」関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要①」3、4頁参照)

Q11 本指針に違反した場合の効果

飛岡
本指針に違反した場合の効果に関して、本指針は、あくまでベストプラクティスを示したものであり、ソフトローということが強調されているが、今後これに違反した場合に、法的な効果、あるいは事実上の効果として、どのような影響があるか。

➔ 分析・実務への影響

後藤先生
買収防衛指針に始まり、MBO指針や公正M&A指針において、同様のアプローチが採られているが、これまでの実務をみると、裁判所は意識して動いている。違反したから直ちに不利益を受けるというよりは、これに沿った行動をとっていれば有利な評価がなされている。もっとも、指針からあまりにもかけ離れた場合には不利益に判断されることにもなりうる。例えば、かつでは特別委員会もほとんど存在しなかったが、現在ではほぼ100%設置されるようになっているし、その中身も徐々に良くなってきている、そうした形で少しずつベストプラクティスが積み上がっているというときに、そこから外れた場合には、最終的にはやはり義務違反ということになると思われる。例えば、取締役の損害賠償責任や価格決定の判断に影響を与えてくるということは十分あり得るのではないか。
小舘
本指針のドラフトが出たあたりから、本指針に沿った方針で動いていると思われる例も見られる。買収者側から見ても、対象会社側で本指針に沿った対応がなされるだろうという予見可能性も生じてきていると思われる。裁判にまでなるのは買収防衛策(買収への対応方針)の場面ぐらいかもしれないが、投資家への説明やプレスリリースでは、本指針の要素というのを取り入れた説明が見受けられ、短期間に浸透しているという印象は受けている。

今後の実務上の展開・残された課題

今後の実務を通じて、本指針のどのような規範がある程度具体性をもった義務として扱われることになるのか注目される。また、議決権行使助言会社が、本指針に基づく対象会社、買収者側の動きを見てどう判断するのか、それによって、機関投資家を中心にした投資家の議決権行使に実際に影響を与えるようなことがあるのかという点も注目される。

Q11 本指針に違反した場合の効果

飛岡

本指針に違反した場合の効果に関して、本指針はあくまでベストプラクティスを示したものであり、ソフトローだということが強調されていますが、いずれ裁判所が採用してハードローになる可能性もあるのではないかという指摘もあります。今後、本指針に違反した場合に、対象会社側、買収者側双方に、法的な効果あるいは事実上の効果として、どのような影響があるかということについて、学者側と実務家側の両方のご意見をお伺いしたいと考えております。まず後藤先生はどのようにお考えになるでしょうか。

後藤先生

どのような場合に違反になるかを言いにくいタイプの指針だと思いますが、基本的なメッセージについてははっきりしているように思いますし、その時に考慮すべきことについても挙げられていると思います。それは、これまでの買収防衛指針、MBO指針や公正M&A指針と同じアプローチです。これまでの実務をみると、裁判所はこれらの指針を意識して動いており、違反したから直ちに不利益を受けるというよりは、指針に沿った行動をとっていれば有利な評価をするということです。もっとも、指針からあまりにもかけ離れた場合には不利益に判断されることにもなりますし、争う側もそこをついてくると思います。

例えば、かつては特別委員会もほとんど存在しませんでしたが、現在ではほぼ100%設置されるようになっており、その中身も徐々に良くなってきています。そうした形で少しずつベストプラクティスが積み上がっているというときに、そこから外れた場合には、最終的には義務違反として、例えば、取締役の損害賠償責任や価格決定の判断に影響を与えるということは十分にあり得ると考えております。

飛岡

小舘弁護士、佐橋弁護士は、実務側の弁護士の立場から、今後の影響についてどのように考えているでしょうか。

小舘

既に本指針の案が公表されたあたりから、これに従って進めるという方針で動いているケースもありますし、同意なき買収提案がなされており、その場合に対象会社は本指針に沿って動いてくるだろうという予見可能性が生まれていると思います。以前は、同意なき買収提案をしても、握りつぶされてしまうのではないか、その場合にどうしたらよいのかという懸念がありましたが、とりあえず取締役会で議論され、社外取締役が何か言うだろうから、面会ぐらいはできるのではないかといった、予見可能性が生じる状況になっていると思います。裁判になるのは買収防衛策(買収への対応方針)の場面くらいかという気もしますが、今後はM&Aを巡る関係者の行動は本指針に則っていくということになると思われます。すでに、投資家への説明やプレスリリースにおいて、本指針の要素を取り入れた説明があるケースもあり、そうした意味では、短期間に浸透しているという感じは受けております。

佐橋

別の観点から、議決権行使会社が対象会社、買収者側の動きを見てどう判断するのか、それによって、機関投資家を中心にした投資家の議決権行使に実際に影響を与えるようなことがあるのかということは、注目して見ていきたいと思っております。

飛岡

そうしましたら、ちょうどよいお時間になりましたので、これで終了したいと思います。後藤先生、小舘弁護士、佐橋弁護士、貴重なお時間をありがとうございました。後藤先生からは非常に参考となるご意見をいただきましたので、当事務所としても、本日ご意見いただいたことを、今後の実務に大いに生かしていきたいと考えております。

東京大学大学院法学政治学研究科
後藤元 教授

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