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特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】買収への対応方針・対抗措置を中心に(前編)-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-
その他 2024年1月

特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】
買収への対応方針・対抗措置を中心に(前編)
-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-

2024年1月
発行年月日 2024年1月23日
業務分野 コーポレート M&A等
特集:企業買収における行動指針 対談【第2回】買収への対応方針・対抗措置を中心に(前編)-東京大学大学院・飯田教授と、「企業買収における行動指針」の影響や今後の対応について考える-

本企画では、買収行動指針に関する幅広いテーマをトピックとして、全2回にわたり、会社法研究者と実務家との対談を行っています。このような対談を通じて、現状の実務を確認するとともに買収行動指針の理論的背景を探り、これらを踏まえて、買収行動指針が今後の実務に与える影響について様々な角度から検討を行っています。本企画が、皆様のご理解の一助となれば幸いです。

買収行動指針は、買収に関する対象会社の取締役その他の当事者についての新たな行動規範を示すとともに、近時の裁判例も踏まえて有事導入型を含む買収への対応方針・対抗措置に関する論点についての考え方を整理したものとなっており、今後のM&Aの実務に大きな影響を及ぼすものと考えられます。

買収行動指針」に関する解説については、以下のニュースレター(全4回)をご覧ください。

目次

0.はじめに

1.平時導入型(事前警告型)の対応方針

Q1-1平時・有事の判断方法

Q1-2平時導入型の対応方針の利点

Q1-3平時・有事の区別を論じる意義

Q1-4株主総会決議を経ずに平時導入型の対応方針を導入することの可否

Q1-5特殊な状況下の時限的な措置(低い対抗措置の発動のthresholdを有する対応方針導入)の可否

2.利害関係者以外の過半数を要件とする決議に基づく対抗措置の発動 (本指針「別紙3」1(3)a)関連)

Q2利害関係を有する者を除外した議決権の過半数による株主総会決議に基づく対抗措置発動の可否

3.取締役会決議のみでの対抗措置の発動 (本指針「別紙3」1(3)b)関連)

Q3取締役会決議のみでの対抗措置発動の可否

0. はじめに

飯田先生、お忙しいところお時間を頂戴し、誠にありがとうございます。今回は、本年(注:2023年)8月に経済産業省が公表をした「企業買収における行動指針」(以下「本指針」という。)の中の、第5章「買収への対応方針・対抗措置」、いわゆる買収防衛策と呼ばれてきたものを取り扱っている章を中心に、ご意見をいただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。

(第5章「買収への対応方針・対抗措置」の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」参照)

1. 平時導入型(事前警告型)の対応方針

Q1-1 平時・有事の判断方法

Q1-1 平時・有事の判断方法

本指針で認められている2つのタイプの対応方針(平時導入型・有事導入型)についての選択をどのようにして行うか。

➔ 分析・実務への影響

青柳
実務上は、買収の提案をしている株主がいない場合であっても、対象会社の株式の買い集めを行っている、又はその懸念がある株主がいるかどうかのヒアリングをし、該当する株主がいる場合にあっては、当該株主の取得割合、取得割合の増加のスピード、大量保有報告書における目的欄の記載、その他の株主作成の公表資料の記載、株主から送られてきている文書や面談からうかがえる株主の意図、株主の過去のトラックレコードなどを総合考慮し、平時導入型か有事導入型かを決定するというアプローチが多いと思われる。

裁判所において、有事導入型の対応方針の有効性を明示的に認めた富士興産事件(東京高決令和3年8月10日)以降、有事導入型の対応方針が、裁判所において法的に無効と判断されるリスクが低減されたと評価できるに至ったこともあり、有事導入型の対応方針を選択しやすい環境ができている。
飯田先生
上記のアプローチは合理的と思われる。最近の裁判例を踏まえれば、平時導入型と有事導入型のいずれに該当するかで、その適法性の評価について大きく結論が変わるということに必ずしもならないと思われる。

今後の実務上の展開・残された課題

本論点は、今後の実務対応が集積されて議論がさらに活発化されることが予想される。

それでは、ご質問に移りたいと思います。本指針では、有事に導入されるタイプの対応方針(以下「有事導入型の対応方針」という。)について、これを否定することはせず、その導入・運用にあたっての留意点を記載する形となっています。これを受けて、今後、買収の局面では有事導入型の対応方針がより積極的に活用される可能性がありますが、改めて、平時導入型の対応方針についても議論したいと思います。一つ目のトピックとしては、本指針にて2つのタイプの対応方針が認められている以上は、買収への対応方針の使用を検討しようとする場合、有事か平時かというところが、実務上一つの論点にはなってくるかと存じます。すなわち、これまでは、東京証券取引所が公表をする買収防衛策の定義との関係で、有事になった時点では、平時導入型の対応方針の導入が難しくなるため、現在の状況が有事なのかどうかという点が論点となっていたと理解しています。これに関して、平時・有事の判断はどのように実務上行っていたか、青柳弁護士からご紹介いただければと思います。

青柳

実務上は、まずは、ご相談を受けた時点で、買収の提案をしている株主がいない場合であっても、対象会社の株式の買い集めを行っている、又はその懸念がある株主がいるかどうかという点をヒアリングすることが典型であると思われます。その上で、その株主の取得割合であったり、取得割合の増加のスピード、大量保有報告書における目的欄の記載、その他の株主作成の公表資料の記載、株主が対象会社にアプローチしている場合には送られてきている文書や面談からうかがえる株主の意図、株主の過去のトラックレコード(別案件での行動)などを総合考慮して決定するということが多いのではないかと思われます。こういった総合的な判断で有事か平時かを検討するわけですが、特に、裁判所において、有事導入型の対応方針の有効性を明示的に認めた富士興産事件(東京高決令和3年8月10日)以降は、有事導入型の対応方針が法的に無効となるリスクが低減されたと評価できるに至ったこともあり、株主等に対して、有事であることに関する合理的な説明ができる事情が存在しているのであれば、有事導入型の対応方針を選択している事例が増えているものと思われます。

ありがとうございます。飯田先生、かなり実務的な論点となりますが、有事・平時の判断方法であったり、実際に有事・平時の選択をされているケースに関して何かコメントはございますでしょうか。

飯田先生

買収防衛策の適時開示をする以上は、当然のことながら、虚偽であったり、誤解を招いたりする記載は認められないため、今、青柳弁護士がおっしゃったような観点から、諸要素を総合的にみて有事か平時かを判断するという整理は合理的であると考えています。また、最近の裁判例を踏まえれば、平時導入型と有事導入型のいずれに該当するかで、その適法性の評価について大きく結論が変わるということに必ずしもならないとは思われます。

Q1-2 平時導入型の対応方針の利点

Q1-2 平時導入型の対応方針の利点

本指針で平時導入型の対応方針のメリットとして、(ア)買収者等に対する事前の予測可能性の付与、(イ)裁判所が対抗措置の発動の差止めに関する審査において緩やかな審査基準を用いる可能性が掲げられているところ、対象会社から見た場合、有事導入型との関係で、平時導入型についてのメリットはあるか。

➔ 分析・実務への影響

青柳
有事導入型は、導入のタイミングによっては、例えば、対応方針を迅速に導入できずに、導入までに買収者に市場で株式を相当程度取得されてしまい、対応方針の適用対象となる大規模買付行為に該当する20%よりも高い所有割合をベースとして有事導入型の対応方針の運用をせざるを得ないケースが実務上ある。他方で、平時導入型の対応方針を予め導入しておけば、買収者が生じたとしても、20%までの株式の取得でもっていったん停止することが見込まれるというメリットがある。

近時は、機関投資家や議決権行使助言会社のネガティブな評価により平時導入型の対応方針の採用を断念する状況になっているため、平時導入型の導入を選択しない会社も存在するが、そのような会社にあっては、いざという場合に、有事導入型の対応方針を迅速に導入できるよう予め準備をしておくことが重要といえる。
飯田先生
本指針は日邦産業事件(名古屋高決令和3年4月22日)について主要目的ルールとは違う相対的に緩やかな基準を適用したと整理しているが、その整理によれば、平時導入型の方が対応方針・対抗措置が有効と認められる可能性が高く、予期したとおりの効果を得られやすいということで、メリットがあるのだろうと思われる。有事導入型の対応方針において適法性・有効性が認められにくくなるというわけではないとは思われるが、相対的には平時導入型の対応方針の方が買収者・対象会社の双方から見て安定性のある仕組みであるとはいえるのだろうと思われる。

本指針において、日邦産業事件について主要目的ルールが採用されず、緩やかな基準が使用された事例として紹介されている点については、そのような捉え方も可能であるとは思われるものの、名古屋高裁の決定理由の中で、「経営陣の保身目的による対抗措置の発動であるなどとは到底いうことができない」と判断している。そのため、裁判所は、主要目的ルールを暗黙のうちに意識をしてはいて、主要目的が支配権維持目的ではなかったという評価を実質的にはしていたという見方も可能である。よって、事前に株主総会の承認を得ておけば、類型的に、裁判所において、主要目的ルールが採用されずに緩やかな審査が行われるというわけでは必ずしもないと思われる。

今後の実務上の展開・残された課題

株主総会の承認を得て導入された平時導入型の対応方針に係る裁判所の審査基準については今後の裁判例の蓄積が待たれる。

それでは、次のトピックに移りたいと思います。本指針では、以下のとおり、平時導入型に対する肯定的な評価が示されている箇所があります。
例えば、
・「別紙3:買収への対応方針・対抗措置(各論)」の「3.事前の開示」(本指針53頁)においては、対応方針を平時に導入し、開示することによって、事前の予見可能性が相対的に高まると考えられる旨の記載があったり、
・同じ別紙3の「1.株主意思の尊重」(本指針43頁~)においては、裁判所において、いわゆる「主要目的ルール」の枠組みではなく、相対的に緩やかな審査により判断した事例として、日邦産業事件(名古屋高決令和3年4月22日)に言及した上で、対応方針を平時において導入している会社は、その導入・継続について日邦産業事件同様に株主総会の承認を得ているものがほとんどであることを指摘して、日邦産業事件と同様の緩やかな審査で認められる余地があるとしています。

まずは、青柳弁護士にお伺いしたいのですが、買収の対象会社から見た場合、有事導入型との関係で、平時導入型についてのメリットはありますでしょうか。

青柳

有事導入型であっても平時導入型であっても、対応方針の適用対象となる大規模買付行為の範囲は20%以上とされることが通常であるため、いずれの場合であっても、20%に至るまでの株式の取得を阻止することができるわけではありません。もっとも、買収の可能性が発生している有事導入型においては、導入のタイミングによっては、例えば、対応方針を迅速に導入できずに、導入までに買収者に市場で株式を相当程度取得されてしまい、20%よりも高い所有割合の状態をベースとして有事導入型の対応方針の運用をせざるを得ないというケースが実務上あります。他方で、平時導入型の対応方針を、予め導入しておけば、買収者が生じたとしても、20%までの株式の取得でもっていったん停止することが見込まれるというメリットがあります。しかしながら、近時は、機関投資家や議決権行使助言会社のネガティブな評価や、株価にもマイナスの影響を与えるおそれがあるということで、懸念があっても平時導入型の対応方針の採用は断念し、いざとなったら有事導入型を導入すればよいかというようにお考えの会社もあると思われます。そのような選択をした場合には、備えとしては、いざという場合に、有事導入型の対応方針を迅速に導入できるよう予め準備をしておくことが考えられるかと思われます。

ありがとうございます。飯田先生にお伺いしますが、本指針における平時導入型の対応方針についての評価についてどのようにお考えか、裁判になった場合の審査基準などの点で平時導入型に本当にメリットがあり得るのかといった点について、ご意見をおうかがいできればと考えています。

飯田先生

本指針は日邦産業事件について主要目的ルールとは違う相対的に緩やかな基準を適用したと整理していますが、これは事前に株主総会で承認を得ていることが理由になっているところ、平時導入型の対応方針の場合においては、通常、導入時点で株主総会の承認を経ているため、対象会社側からみれば、対応方針・対抗措置が有効と認められる可能性が高く、予期したとおりの効果を得られやすいということで、メリットがあるのだろうと思います。また、買収者側からも、それが有効と認められる可能性が高いということがより明確にわかりますから、買収者側の予見可能性も高くなります。他方で、有事導入型の対応方針は、平時導入型に見られる特徴がないからという理由のみで、適法性・有効性が認められにくくなるというわけではないとは思いますが、一般論としては、相対的には平時導入型の対応方針の方が買収者・対象会社の双方から見て安定性のある仕組みであるとはいえるのだろうと思います。

なお、本指針において、日邦産業事件について主要目的ルールが採用されず、緩やかな基準が使用された事例として紹介されている点については、確かに、決定文では、明示的に主要目的ルールに関連する記載がないこともあり、そのような捉え方も可能であるとは思います。他方で、名古屋高裁の決定理由の中で、日邦産業の買収防衛策の第一次的な目的は「株主において、株式を買付者等(買収者)に譲渡するか、保持し続けるかの適切な判断をするために必要かつ十分な情報及び時間、大規模買付行為を行おうとする者との交渉の機会をそれぞれ確保すること」と認定したり、「経営陣の保身目的による対抗措置の発動であるなどとは到底いうことができない」と判断したりしていることからすれば、裁判所は、主要目的ルールを暗黙のうちに意識をしてはいて、主要目的が支配権維持目的ではなかったという評価を実質的にはしていたという見方も可能ではあるとは思います。よって、事前に株主総会の承認を得ておけば、類型的に、裁判所において、主要目的ルールが採用されずに緩やかな審査が行われるというわけでは必ずしもないとは思います。

Q1-3 平時・有事の区別を論じる意義

Q1-3 平時・有事の区別を論じる意義

青柳
対応方針に関しては、平時か有事かという導入のタイミングというよりも、導入した対応方針の条件設定等の内容面やその他の要素が重要なのではないかとも思われるところがあるが、いかがか。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
買収への対応方針において、平時導入か有事導入かは、適法性を判断する一要素にすぎず、対応方針の内容等の諸要素が組み合わさって判断されることになるのだと思われる。もちろん、現在の実務に照らすと、平時導入型の場合には株主総会の承認を経て導入をしていることから相対的に安定する。ただし、結論として、平時・有事だから、何か法的に大きな違いがあるというわけではないと思われる。

ありがとうございます。次が平時導入型か有事導入型かを論じる意義というところで、まずは、青柳弁護士の方から、問題意識をご共有いただければと思います。

青柳

先ほど日邦産業事件の高裁決定の読み方について飯田先生から大変興味深いご意見をいただいたところですが、本指針においては、日邦産業事件の高裁決定において、純粋な平時導入とはいえないけれども有事導入ともいえないという判断がされたこともあり、同事件について平時導入型なのか有事導入型なのかの明確な位置づけをしていない一方で、同事件を平時導入型の対応方針の適法性を基礎づける事例として取り上げられているものと理解しています。本指針におけるそのような日邦産業事件の取り上げ方からは、平時か有事かという導入のタイミングというよりも、導入した対応方針の条件設定等の内容面やその他の要素が重要なのではないかとも思われるところがあります。この点について飯田先生のご意見をお聞かせいただければと思います。

飯田先生

買収への対応方針において、平時導入か有事導入かは、適法性を判断する一要素にすぎず、ご指摘いただいたような対応方針の内容等の諸要素が組み合わさって判断されることになるのだと思います。もちろん、現在の実務に照らすと、平時導入型の場合には株主総会の承認を経て導入をしていることから、有事導入型に比べて相対的に安定するという点では、両者に違いはあり得るのだと思います。ただし、結論として、平時・有事だから、何か法的に大きな違いがあるというわけではないと考えています。

Q1-4 株主総会決議を経ずに平時導入型の対応方針を導入することの可否

Q1-4 株主総会決議を経ずに平時導入型の対応方針を導入することの可否

平時導入型の対応方針を導入して、買収に対する対応の在り方について一般に示しておくものの、その際に、株主総会の承認を経ないこととし、ただし、実際に対抗措置を発動する場合には株主総会の承認を経ることを必須とするというような形も考えられるところだが、このような枠組みについてコメントを頂戴したい。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
買収に対する対応方針について、事前に詳細に示されているのであれば予見可能性もあると言えるため、透明性はあろうかと思われる。導入時に株主総会の承認を経ていたこれまでの実務に照らすと、導入時に株主総会決議を経ないことについては、一般株主から見た場合にネガティブに映る可能性もあるが、理論的には、この方法でも株主意思の原則も満たされると考えられる。

さきほど、平時導入型の対応方針については、実務上、導入時・更新時の株主総会において株主からの承認を受けにくくなっているという話をさせていただきましたが、これを踏まえて、まだ実務上そのような事例はないと認識していますが、考えうる一つの方法としては、平時導入型の対応方針を導入して、買収に対する対応の在り方について一般に示しておくものの、その際に、株主総会の承認を経ない、ただし、実際に対抗措置を発動する場合には株主総会の承認を経ることを必須とするというような形も考えられるところです。この場合、さきほど議論に挙がったような平時導入型のメリットの一つである裁判所における緩やかな審査基準を享受できない可能性があるものの、事前に買収に対する対応方針の枠組みを詳細に示しておくため予見可能性の点でメリットがあり、また、最終的な対抗措置の発動に際して株主総会の開催を必須とするのであれば、本指針の第2原則である株主意思の原則も満たされるということになります。このような枠組みについて、飯田先生からコメントを頂戴できればと存じます。

飯田先生

買収に対する対応方針について、事前に詳細に示されているのであれば、買付者にとっての予見可能性もあると言えますので、透明性はあろうかと思います。もちろん、導入時に株主総会の承認を経ていたというこれまでの実務に照らすと、導入時に株主総会決議を経ないことについては、一般株主から見た場合にネガティブに映るのではないかというところもあるかと思っています。しかし、理論的には、ご指摘のような方法でも株主意思の原則も満たされると考えています。

Q1-5 特殊な状況下の時限的な措置(低い対抗措置の発動のthresholdを有する対応方針導入)の可否

Q1-5 特殊な状況下の時限的な措置(低い対抗措置の発動のthresholdを有する対応方針導入)の可否

青柳
日本における買収への対応方針では、通常は20%以上の株式の取得を対象とするところ、米国のアンチ・アクティビスト・ピルのように、日本において、例えば、株価が一時的な急落しているような特殊な環境下に限定して、これを10%などの保有割合に設定することは可能か。

➔ 分析・実務への影響

飯田先生
現状の買収への対応方針上の大規模買付行為の基準は20%以上と設定する場合が多いが、20%という数字も何か理論的な根拠があるわけではないため、これを下げるということも不可能ではないと思われる。

他方で、アクティビストによる株主提案等をけん制するという趣旨であれば、株主提案をして他の株主に賛同するように呼び掛ける活動には合理性が認められる場合もあるため、そういった行動を抑止するべきではないという議論も出てくると思われる。
小舘
買収への対応方針上の大規模買付行為の基準として20%と異なる保有割合を用いることについては、公正な買収の在り方に関する研究会でも議論はされていなかった。米国においては一般的な買収防衛策としてのポイズンピルは15%と設定する例が多く、日本でもそのような事例もあったことから、必ずしも、20%よりも低い割合が認められないということではないのではないかとは思われる。

今後の実務上の展開・残された課題

本論点は、今後実際にこのような対応方針の例が出てきた場合に議論がさらに活発化されることが予想される。

次は、特殊状況下で買収への対応方針に関して通常の条件と異なるものを設定できるかという論点でして、青柳弁護士の方からご説明差し上げます。

青柳

本指針の脚注65(本指針35頁)では「例えば、金融危機等により市場全体の株価が一時的に急落しているような場合に、例外的な措置として、時限的に導入するタイプの対応方針(例えば有効期限を短期間に設定し、市場の危機が終息した場合には廃止される等)として設計することなどが想定される」との記載があります。このような記載から連想されるものとして、米国で導入されたアンチ・アクティビスト・ピルが想起されますが、日本における買収への対応方針では、通常は20%以上の株式の取得を対象とするところ、米国のアンチ・アクティビスト・ピルのように、日本において、例えば、株価が一時的な急落しているような特殊な環境下に限定して、これを10%などの保有割合に設定することは可能かという点について、ご意見をいただければと思います。

飯田先生

現状の買収への対応方針上の大規模買付行為は20%と設定する場合が多いと理解していますが、20%という数字も何か理論的な根拠があるわけではないため、これを下げるということも不可能という話ではないと思います。もちろん、10%ですとさすがに低すぎるのではないかという印象もあります。特に、10%では支配権への影響が大きいというわけでもないと思われます。
他方で、アクティビストによる株主提案等をけん制するという趣旨であれば、株主提案をして他の株主に賛同するように呼び掛ける活動には合理性が認められる場合もあるため、そういった行動を抑止するべきではないという議論も出てくると思います。

小舘

買収への対応方針上の大規模買付行為の基準として20%と異なる保有割合を用いることについては、公正な買収の在り方に関する研究会(以下「本研究会」という。)でも議論はされていなかったと理解しています。株主構成によっては、20%の取得であっても、特別決議に対する拒否権はもちろん、普通決議との関係でもかなりの影響力を持つこととなりますし、米国においては一般的な買収防衛策としてのポイズンピルは15%と設定する例が多く、日本でもそのような事例もあったことから、必ずしもそのような割合が認められないということではないのではないかとは思います。

2. 利害関係者以外の過半数を要件とする決議に基づく対抗措置の発動

本指針「別紙3」 1.「株主意思の尊重」(3)「株主意思確認の例外的な措置」a) 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」6~7頁参照)

Q2 利害関係を有する者を除外した議決権の過半数による株主総会決議に基づく対抗措置発動の可否

Q2 利害関係を有する者を除外した議決権の過半数による株主総会決議に基づく対抗措置発動の可否

本指針では、買収への対抗措置の発動に際しての、買収者等の利害関係を有する者を除外した議決権の過半数による株主総会決議に関して、「このような決議に基づく対抗措置の発動は濫用されてはならず、これが許容されうるのは、買収の態様等(買収手法の強圧性、適法性、株主意思確認の時間的余裕など)についての事案の特殊事情も踏まえて、非常に例外的かつ限定的な場合に限られることに留意しなければならない」とされているが(本指針45頁)、これについての評価はいかがか。

➔ 分析・実務への影響

小舘
本論点は、近時の裁判例を踏まえて、取締役会限りでの対抗措置の発動については、その許される場面がかなり限定されるとの理解が広まったことから、対抗措置の発動に際しては株主総会の承認を得るという方向になると思われるところ、その株主総会において、市場で買い上がりをしてきた買収者に議決権を認めるかどうかという形で実務上実際に問題となる。

本指針では、議決権行使を認めない根拠として、3論併記としており、①急速な市場内買付けの問題点に着目する指摘、②市場内買付けの問題点及び利害関係者の性質に着目する指摘、③買収者の法令違反に着目する指摘が記載されている。特に、委員の中でも、市場買付けにより大量の株式を取得した場合において、それだけでも議決権行使を認めないとすることが可能なのか、それに加えて買い上がりの急速性が必要となるのかというところで意見が分かれている。この対立軸は、議決権行使を認めない株式の範囲にも関連してくるところがあり、上記①の指摘するところに着目する場合には、緩やかに買い上がりをしていた部分については議決権行使を認めるという考えも出て来うるし、上記②であれば市場内買付けにより取得した株式全てについて議決権行使を認めないという考え方も出て来うる。
飯田先生
完全な私見にはなるが、本指針の書きぶりよりは議決権排除を広めに認めるべきだという考え方をとっており、買収に当たり得るような量の株式を市場内で買い上がるものの、買収などの情報を示さない行為に対しては、取締役会限りでの発動も認められることがあるのではないかと思っている。よって、意思確認株主総会までやるのであれば、買収者関係者を除外した一般の株主が対抗措置を支持していたときは、さらに適法性を強化するという位置づけもあり得るのではないかと考えている。

「急速な」という要素は、東京機械製作所事件(最決令和3年11月18日)を前提に議論するからこの要素が本指針に出て来ているのだと思うが、急速であるか否かはあまり本質的な要素ではなく、十分な情報提供なくして、市場内買付けで相当数の株式を取得する場合には、結局、市場で売り注文を出した株主だけが売却をできるため、株主間でのプレミアムの公平な分配もなされず、早い者勝ちとなってしまうようなところに問題があると考えている。したがって、議決権行使を認めないという判断をする場合において、急速性という要素は不要ではないかと考えている。本指針において、利害関係者以外の過半数を要件とする決議が許容されるのが「非常に例外的かつ限定的な場合に限られる」とした書きぶりについては、若干疑問を有している。
小舘
対抗措置の発動に際して、買収者の議決権の行使を認めないことを是認する立場に立つとすると、おそらく、買収者は、対抗措置の発動に関する議案では敗れたけれども、対象会社の役員選任議案でのプロキシーファイトを通じて、最終的に、対抗措置の発動に関する取締役の判断の是非を問うことができるため、そこで、最終的に勝敗が決まるということになるのだと思われる。
飯田先生
ご指摘のとおりで、対抗措置の発動と異なり、役員選任議案では、買収者の議決権行使を認めないという取扱いはできないと考えており、最終的に役員選任議案のところで勝敗が定まることになるため、対抗措置の発動について買収者の議決権行使を認めない立場は、さほどおかしいものではないと思っている。

今後の実務上の展開・残された課題

本論点は、実務上非常に重要な点ではあるものの、本指針でも意見がまとまらなかったため、今後の実務対応が集積されて議論がさらに活発化されることが予想される。

続きまして、実務上、非常に関心の高いトピックではございますが、本指針では、買収者等の利害関係を有する者による議決権を除外した議決権の過半数による決議に関して、「このような決議に基づく対抗措置の発動は濫用されてはならず、これが許容されうるのは、買収の態様等(買収手法の強圧性、適法性、株主意思確認の時間的余裕など)についての事案の特殊事情も踏まえて、非常に例外的かつ限定的な場合に限られることに留意しなければならない」とされていますが(本指針45頁)、本研究会の委員であった小舘弁護士の方から、議論状況を整理いただいて、コメントをいただければと思います。

小舘

本論点は本研究会においてもかなり議論のあったところでして、委員の間でも意見がまとまることはなく、また、本指針において記載をするかどうかという点においても議論があったところと理解しています。特に本論点は、近時の裁判例を踏まえて、取締役会限りでの対抗措置の発動については、その許される場面がかなり限定されるとの理解が広まったことから、対抗措置の発動に際しては株主総会の承認を得るという方向になると思われますところ、その株主総会において、市場で買い上がりをしてきた買収者に議決権を認めるかどうかという形で実務上実際に問題となることが想定されます。

本指針では、議決権行使を認めない根拠として、3論併記となっていまして、①急速な市場内買付けの問題点に着目する指摘、②市場内買付けの問題点及び利害関係者の性質に着目する指摘、③買収者の法令違反に着目する指摘が記載されています。このうち、特に、委員の中でも、市場買付けにより大量の株式を取得した場合において、それだけでも議決権行使を認めないとすることが可能なのか、それに加えて買い上がりの急速性が必要となるのかというところで意見が分かれているところと理解しています。この対立軸は、議決権行使を認めない株式の範囲にも関連してくるところがあると思われまして、上記①の指摘するところに着目する場合には、緩やかに買い上がりをしていた部分については議決権行使を認めるという考えも出て来うるところですし、上記②であれば市場内買付けにより取得した株式全てについて議決権行使を認めないという考え方も出て来うるところです。

本論点は、実務上非常に重要な点ではありますが、本指針でも意見がまとまらなかったため、今後の実務対応で苦慮する場面が出てくるのではないかと思われますし、そのような実務対応が集積されて議論がさらに活発化されることになるのだと思います。

飯田先生

これから申し上げますところは、私の完全な私見にはなりますが、私自身は本指針の書きぶりよりは議決権排除を広めに認めるべきだという考え方をとっています。すなわち、買収に当たり得るような量の株式を市場内で買い上がるものの、買収などの情報を示さない行為に対しては、取締役会限りでの発動も認められることがあるのではないかと思っているところであり、意思確認株主総会までやるのであれば、買収者関係者を除外した一般の株主が対抗措置を支持していたときは、さらに適法性を強化するという位置づけもあり得るのではないかと考えています。また、「急速な」という要素は、東京機械製作所事件(最決令和3年11月18日)を前提に議論するからこの要素が本指針に出て来ているのだと思いますが、例えば、1年間かけて0から出発して35%まで買い上がった場合に急速になるか否かといった、明確には判断しがたい論点が出て来てしまうように思います。しかしながら、急速であるか否かはあまり本質的な要素ではなく、十分な情報提供なくして、市場内買付けで相当数の株式を取得する場合には、結局、市場で売り注文を出した株主だけが売却をできるため、株主間でのプレミアムの公平な分配もなされませんし、早い者勝ちとなってしまうようなところに問題があると考えています。したがって、議決権行使を認めないという判断をする場合において、急速性という要素は不要ではないかと考えています。私は、そういった立場でありますので、本指針において、利害関係者以外の過半数を要件とする決議が許容されるのが「非常に例外的かつ限定的な場合に限られる」とした書きぶりについては、若干疑問を有しております。

私見を本指針における第1原則と第2原則との関係で説明をつけるとすれば次のようにいえると思います。まず、第1原則は、望ましい買収と望ましくない買収があることを前提としていますから、望ましくない買収、つまり企業価値を下げる買収も存在することが想定されていると思います。企業価値を下げる買収者が、予め取得していた20%の株式について株主としてその買収の是非について意思を表明するということになりますと、買収者が自ら賛成することで、企業価値を下げる買収が正当化されるということになってしまいます。これは第1原則と矛盾するように思います。第2原則については、株主意思の尊重における株主とは誰なのかという問題があります。これには、未来まで存在し続ける抽象的な存在としての株主という意味か、それとも買収提案の時点における具体的な株主という意味かという2つの考え方があり得ます。この点は、おそらく買収提案の時点での具体的な株主ということが想定されていると思われます。そのような考え方を前提にしても、さらに、買収提案をしている人を含む形での株主の意思を尊重するという話なのか、買収者などを除く一般の株主の意思の尊重なのかという議論があり得ます。この点は本指針の読み方の問題となりますが、私としては、素直に読めば、買収提案を受けている買収者以外の一般株主の意思の尊重ということになるのではないかと思います。このような読み方をすると、「非常に例外的かつ限定的な場合」という制約の位置づけが問題となりますが、これは対象会社による濫用のおそれがあるので、強圧性の問題が深刻な場合など、買収の態様に問題がある場合に限る趣旨だと読むことはできると思います。このように読むと、買収者の議決権の行使を認めないという場面も、場合によってはあり得てしかるべきであるというように思われます。

小舘

対抗措置の発動に際して、買収者の議決権の行使を認めないことを是認する立場に立つとすると、おそらく、買収者は、対抗措置の発動に関する議案では敗れたけれども、対象会社の役員選任議案でのプロキシーファイトを通じて、最終的に、対抗措置の発動に関する取締役の判断の是非を問うことができるため、そこで、最終的に勝敗が決まるということになるのだと思います。

飯田先生

ご指摘のとおりでして、対抗措置の発動と異なり、役員選任議案では、買収者の議決権行使を認めないという取扱いはできないと考えており、最終的に役員選任議案のところで勝敗が定まることになるため、買収者としては取締役の解任と選任の株主提案をして取締役会の構成員を入れ替えて対抗措置を廃棄させるルートがあります。このルートがあるので、対抗措置の発動について買収者の議決権行使を認めない立場は、さほどおかしいものではないと思っています。

3. 取締役会決議のみでの対抗措置の発動

本指針「別紙3」 1.「株主意思の尊重」(3)「株主意思確認の例外的な措置」b) 関連
(該当箇所の解説は、AMTニュースレター「企業買収における行動指針の概要④」7~8頁参照)

Q3 取締役会決議のみでの対抗措置発動の可否

Q3 取締役会決議のみでの対抗措置発動の可否

取締役会決議のみでの対抗措置の発動に関する本指針の内容についての評価はいかがか。

➔ 分析・実務への影響

小舘
本研究会では、取締役会限りでの対抗措置の発動ができる場面が、いわゆるニッポン放送事件の4類型(グリーンメール、焦土化経営、会社資産の流用、資産処分による一時的高配当目的)に限られるべきではないという議論が複数の委員から挙がった。ニッポン放送事件は、会社支配権に争いがある状況において、特定の株主の議決権を希釈化させる以上に、特定の株主に対して支配権を付与することを目的として取締役会限りで第三者割当増資を行った事案であるが、これは、一般的な平時・有事導入型の対抗措置の効果に照らすと、非常に強い。そのような効果面に着目して、取締役会限りで対抗措置の発動が許容される場面について、ニッポン放送事件の4類型に限られるべきではないという観点から、本指針の47頁の【参考】に記載がある。

他方で、取締役会限りでの対抗措置の発動が許容される場面を広げるとしても、第2原則である株主意思の尊重の観点でどう説明するのかという理論的な問題もあり、最終的には、「反社会的勢力等による買収、対象会社や一般株主の犠牲のもとに買収者が不当な利益を得る蓋然性が高い買収等の非常に例外的な場合においては、明示的な株主の承認がなくとも合理的な株主は当然に賛成するはずであるとみなすことができ、一種の緊急避難的行為として許容される場合があり得るとして、正当化される余地があると考えられる」ということになった。
飯田先生
本指針は、株主意思との関係では、緊急避難的な場面で、株主が賛成をするに決まっている場面なのであれば、株主総会を開催しなくても適法と認められてしかるべきだろうという整理をしているものと理解している。

本指針でも、反社会的勢力等による買収などが新たな例外の例示として追加されているが、取締役会限りでの対抗措置が発動できる場面を限定列挙しているわけではないと思われるため、この論点は未解決の課題であり、今後も議論をされていくものだと思われる。

今後の実務上の展開・残された課題

取締役会決議のみでの対抗措置の発動が認められる場面については、今後の議論の蓄積が待たれる。

次の論点ですが、取締役会決議のみでの対抗措置の発動の可否です。こちらも本研究会での議論状況について、小舘弁護士からご共有いただければと思います。

小舘

本研究会では、取締役会限りでの対抗措置の発動ができる場面が、いわゆるニッポン放送事件(東京高決平成17年3月23日)の4類型(グリーンメール、焦土化経営、会社資産の流用、資産処分による一時的高配当目的)に限られるべきではないという議論が複数の委員から挙がっておりました。ご案内のとおり、ニッポン放送事件は、会社支配権に争いがある状況において、特定の株主の議決権を希釈化させる以上に、特定の株主に対して支配権を付与することを目的として取締役会限りで第三者割当増資を行った事案ですが、これは、買収防衛という観点から見た場合には、一般的な平時・有事導入型の対抗措置の効果に照らすと、非常に強いものです。そのような効果面に着目して、取締役会限りでの対抗措置の発動が許容される場面について、ニッポン放送事件の4類型に限られるべきではないという観点から、本指針の47頁の【参考】の記載がされています。

他方で、取締役会限りでの対抗措置の発動が許容される場面を広げるとしても、第2原則である株主意思の尊重の観点でどう説明するのかという理論的な問題もあり、最終的には、「反社会的勢力等による買収、対象会社や一般株主の犠牲のもとに買収者が不当な利益を得る蓋然性が高い買収等の非常に例外的な場合においては、明示的な株主の承認がなくとも合理的な株主は当然に賛成するはずであるとみなすことができ、一種の緊急避難的行為として許容される場合があり得るとして、正当化される余地があると考えられる」(本指針46頁)としています。

飯田先生

本指針は、株主意思との関係では、緊急避難的な場面で、株主が賛成をするに決まっている場面なのであれば、株主総会を開催しなくても適法と認められてしかるべきだろうという整理をしているものと理解しています。そして、株主が賛成するに決まっている場面としては、ニッポン放送事件における4類型がこれに該当するため、4類型については適法と認められてしかるべきだろうというロジックになっていると理解しています。ニッポン放送事件の高裁決定そのままというよりも、その決定文を理論的に再構築した上で本指針の文章としているという印象を持っています。他方で、本指針でも、一定の場合には取締役会限りでの発動も正当化される余地があるという記載ですので、反社会的勢力等による買収などが新たな例外の例示として追加されていますが、取締役会限りでの対抗措置が発動できる場面を限定列挙しているわけではないと思いますので、この論点は未解決の課題であり、今後も議論をされていくものだと思います。

東京大学大学院法学政治学研究科
飯田秀総 教授

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