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特集:サステナビリティ法務【第10回】国立環境研究所・山野先生と生物多様性の保全と活用について考える(国立環境研究所 生物多様性領域 領域長・山野博哉先生×パートナー弁護士・梅津公美、パートナー弁護士・清水亘、アソシエイト弁護士・山本龍之介)
その他 2023年6月

特集:サステナビリティ法務【第10回】
国立環境研究所・山野先生と生物多様性の保全と活用について考える
(国立環境研究所 生物多様性領域 領域長・山野博哉先生×パートナー弁護士・梅津公美、パートナー弁護士・清水亘、アソシエイト弁護士・山本龍之介)

2023年6月
発行年月日 2023年6月20日

近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組をご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第10回では、国立環境研究所・生物多様性領域 領域長の山野博哉先生にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2023年4月26日オンラインにて実施。

【第10回】国立環境研究所・山野先生と生物多様性の保全と活用について考える
(国立環境研究所 生物多様性領域 領域長・山野博哉先生×パートナー弁護士・梅津公美、パートナー弁護士・清水亘、アソシエイト弁護士・山本龍之介)

目次

Q1:研究対象について

梅津本日はお忙しいところありがとうございます。お話を伺えるのを楽しみにしておりました。まず、山野先生のご経歴とお仕事を教えていただけますでしょうか?

山野氏こちらこそ、ありがとうございます。私のバックグラウンドは、実は、生物ではなくて、自然地理学です。地理学科の出身で、いまの研究所に就職しました。研究対象は、サンゴ礁です。サンゴ礁の環境や地形を研究しています。例えば、ボーリング調査をして、サンゴ礁がどのようなサンゴからできているのかを調べたり、ボーリングで得られたサンゴの化石の年代測定をして、どのくらい前からサンゴが積み重なってきたのかを調べたりしています。サンゴは、現在800種類くらいいるのですが、いまの分布を調べないと昔のことも分からない、ということで、サンゴ自体の生態の研究も始めました。研究対象としてのサンゴ礁への興味は尽きないのですが、サンゴ自体も生き物として面白いです。サンゴは、卵を産んで増え、骨格を作って積み重なって地形を作ります。できあがったサンゴ礁は、波を遮る働きをするだけでなく、南方の島嶼国では、サンゴ礁自体が国土を形成し、人間は、そこに住む水産資源を利用して生活しています。サンゴとサンゴ礁については、色々な角度から研究することができます。

梅津特に力を入れていらっしゃる研究はどのようなことでしょうか?

山野氏最近、力を入れているのは、サンゴが白くなる現象(白化現象)です。白化現象は、水温が高くなって起きるのですが、1998年、2007年、2016年とだんだん頻発化してきています。白化現象の背後には気候変動(地球温暖化)がありますから、私は、環境評価も研究するようになりました。また、気候変動との関係でいえば、南方での白化現象だけではなく、北方でサンゴの生息域が次第に北上しているという問題もあります。サンゴの生息をモニタリングして、サンゴ生息域の将来予測をしたり、他の生き物への影響の実態を調べたりもしています。サンゴ生息域の北上によって、大型珪藻や藻場がなくなったりする等、他の生き物にも影響が出るのです。
それから、海と陸はつながっていて、生物が進化するのと同じように、私の研究も陸に上がりました(笑)。沖縄でサンゴの研究をしているときに、陸上の土砂が川から海に流れ込んで、水が濁ってサンゴが生きられなくなったり、サンゴ礁が埋もれてしまったりすることがありましたので、陸から来るものも大事だと考えていました。そうしたところ、沖縄県の方とご縁があって、農地や川の生き物について調査をするようになりました。土砂が流れ込むと、サンゴ礁だけではなくて、途中の川も全部やられてしまうのです。

梅津なるほど。

山野氏自分の中での大きな枠組みとしては、自然共生社会とでもいうような観点で研究をしてきました。例えば、サンゴ礁で生物を保全すれば、島嶼国の国土の維持にもなるのです。最近では、研究所内の生物多様性領域長や自然共生研究プログラム総括という立場で、研究所の仲間が研究している陸域についても考える機会が増えました。サンゴとは関係のないような里山等についてもOJTで勉強しています。自然共生社会という視点は、陸域でも変わらないと思っています。

また、変わっていく生態系に関する情報提供もしています。温帯にサンゴが生息するようになっても、地元の方々は、そもそもサンゴがいることを認識しておらず、そうすると、例えばサンゴを観光資源として使うことも思いつかないのです。そういう状況を知って、生態系の変化に対する社会的な適応を考えるようになりました。我々は、変わっていく生態系をどのように保全すれば良いのかだけではなくて、生態系の変化とどのように付き合っていくのかという社会の適応の問題も考える必要があるのです。保全についていえば、継続性が大切なのですが、生き物の分布等を見ながら、どこを重点的に保全すると効果的な保全につながるのか等も考えて、保全計画を立てる必要があります。

梅津日本国内だけではなくて、海外でも調査をなさっているのですか?

山野氏はい、日本と海外の両方です。国内では、もともと沖縄が研究の中心でしたが、温帯にサンゴが増えていて、館山、伊豆、日本海側では壱岐、対馬等、全国8ヶ所のモニタリングサイトがあります。毎年1回行きます。
海外では、ツバルやマーシャル諸島等、南方の島嶼国で研究をしています。島嶼国は国土の標高が低いので、気候変動による海面の上昇等で国土が海に沈むおそれがあるということで、ツバルやキリバスが話題になりました。それでも、サンゴが健全な状態でいれば、砂浜の材料、つまり、国土の材料が供給されて、島が維持されますから、生態系を活用した国土の保全や気候変動は、島嶼国にとって、とても重要な問題なのです。
サンゴ礁の保全という観点では、数年前にモーリシャスで貨物船が座礁して油が流出した事故があり、サンゴの状態をチェックしてほしいと依頼があって、出かけたことがあります。ここ数年、コロナで行くことができていませんでしたが、今年(2023年)5月に、久しぶりにモーリシャスへ出張してきます。

Q2:生物多様性とは何か?

梅津ありがとうございます。大変興味深いです。では、そろそろ本題に入らせていただきまして、生物多様性とは何でしょうか?

山野氏はい、生物多様性というのは、文字どおりの意味があって、多様な生物がいることがベースになると思います。
種の多様性だけではなくて、同じ種であっても、遺伝子が少しずつ異なると、特性も異なりますから、遺伝的多様性も大切です。種は、それぞれが進化の過程にあって、だんだんと違いが積み重なっていく進化の途中段階を切り取って見ているようなものですが、それをいまの断面で見ると、種の多様性と遺伝的な多様性ということができます。例えば、同じ種でも、違う環境に生きているものは、少しずつ温度の感受性が違ったりします。そういう多様性を確保しておかないと、何かあったときに、全部やられてしまいます。
それから、その生物自身が作り出す生態系もあります。その系自体の多様性も重要ですし、サンゴ礁の生態系や陸の生態系等を考えてみればお分かりのとおり、その系が持っている機能も重要です。多様な生き物が多様な機能を持っているのです。
つまり、種やそれらの分布、遺伝子、生態系、系の機能等、生き物が持つ多様性をぜんぶまとめて、生物多様性といって良いと思います。生物多様性は、幅広い概念なのです。

Q3:生物多様性の大切さ

梅津生物多様性はなぜ大切で、生物多様性が損なわれると何が起きるのでしょうか?

山野氏生物多様性が失われると、種が絶滅するというような、取り返しがつかないことが起きます。それに加えて、何かの機能も失われます。生き物は、食うか食われるかという相互関係にあり、縄張り争い等、色々なところでつながっています。何かが欠けると、全体に影響が出ます。もちろん、少なくとも絶滅は絶対に避けるべきですが、ヒアリのような侵入種が外から持ち込まれるだけでも、できあがっていた生態系がガラッと変わってしまう。生物多様性を維持しないと、生態系も変わってしまうのです。例えば、人間は魚を採って生活していますが、魚が変わると、食料に影響が出ることがあります。また、サンゴがいなくなると、サンゴ礁が形成されなくなって、波を遮る機能が失われ、波が浜に直接届いて、人間が被害を受けることになります。
人間が生物多様性を損なうと、時間差はありますが、結局、自分たちに返ってくるのです。まだまだ研究の余地がありますが、大局的に見ると、生物多様性を損なったことによって、人間がしっぺ返しを食うことになります。コロナ・ウイルスは典型例だといえるでしょう。原生的な熱帯林のようなところに人間が入り込んで病原菌をもらうと、それが貿易や人の移動で拡大して、パンデミックが起こる。もともと触れてはいけないものに触れたのかもしれませんが、原生的な自然を開拓するとこういうことがある、その一つの現われなのだろうと思います。

梅津素人質問で大変恐れ入りますが、いわゆる自然淘汰や進化と、保全すべき生物多様性とは、どのように区別されるのでしょうか?

山野氏はい、それは時々いただく質問です。例えば、「湿地は、時間の経過とともにいずれ埋まってしまうのに、なぜ保全する必要があるのですか?」というような質問です。
これは、私自身も悩ましく思うことではありますが、自然には、人間が関わることなく、自然に変化していく速度やプロセスがあります。ところが、人間がやっていることをリストアップしてみますと、そうした自然の変化を人間が攪乱していることは間違いありません。ですから、生物多様性の保全とは、変わっていくものは変わっていくものとして受け入れつつも、その自然の変化を人為的なものが阻害しているのであれば、それを取り除いて自然な状態に戻す、ということなのだろうと思います。自然の進化は止まりませんが、それに対して、人間が進化を止めてしまう、ましてや絶滅させてしまうというのは、明らかに余計なことをやっているのです。生物多様性を保全することの意義は、想定される自然の流れを妨げる人為的な阻害を止めることにあると思います。

Q4:生物多様性を保全するために取り組まれていること

梅津生物多様性を保全するために世界で取り組まれていることがあれば、教えてください。

山野氏ご理解のとおり、生物多様性の保全は、ものすごく深い問題です。表面的には、地球温暖化の問題、侵入種の問題、環境汚染の問題等、原因はだいたい分かっているのですが、その背後にあるのはいずれも人間の活動です。要するに、人間社会が生物多様性に脅威をもたらす要因を作っていますから、根本的には、やはり、社会を変えなければならないのです。
そのような観点から、昨年(2022年)12月のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)で採択された「昆明・モントリオール目標(生物多様性枠組み)」では、①2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を保護・保全すること(30by30)、②2030年までに侵略的外来種の導入率・定着率を半減すること、③自然を活用した解決策等を通じた気候変動の生物多様性への影響を最小化することが掲げられました。④ビジネスにおいても、影響評価・情報公開の促進等が求められています。
また、IPBES(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services:生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム)は、科学者が集まって知見を統合したものであり、「生物多様性に関するIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)ともいわれますが、生物多様性に関する報告書を出しています。この報告書には、生き物の乱獲や土地利用の変化はもちろん問題であるけれども、背景にある社会を変革しなければ、生物多様性の損失は止まらない、ということが書かれています。
さらに、最近では、生物多様性は、複雑に絡み合い、社会と密接にかかわっている問題なので、生物多様性の保全だけではなく、生物多様性をいかに活用するかがポイントであるという問題意識が非常に強くなってきています。

梅津生物多様性の議論には、社会科学の研究者もかかわっているのでしょうか?

山野氏はい、そのとおりです。例えば、従来から、環境経済学の分野では、生態系がもたらす恩恵を「生態系サービス」と呼んで、貨幣価値に換算する議論がなされてきました。ところが、生態系がもたらす恩恵は、貨幣換算できないものもたくさんあります。生態系の価値は、受け手によって様々なのです。例えば、心理学的な観点からしますと、神社等のいわゆる「鎮守の森」は、地元の人たちにとっては大切ですが、地元の人たち以外は、そもそも、そのようなものを認識していません。つまり、文脈依存で価値を評価しなければならず、アンケートを取ったりして調べるしかない。「生態系サービス」という表現のとおり、これまでは、貨幣価値に換算したサービスの側面が強調されてきたのですが、価値はそれだけではないはずです。これを突き詰めると、「価値とは、いったい何ぞや?」みたいな哲学的な議論になっていくのですが、例えば、湿地で蚊がたくさん発生してみんなが嫌がるとしても、そういうdisservice、つまり負のサービスの側面もきちんと考慮する必要があるのです。つまり、最近では、context specificというか文脈依存というか、価値はもっと多面的に考えなければならない、という方向で生物多様性に関する議論が深まりつつあります。

梅津なるほど、多面的なものの見方が必要ですね。

山野氏この議論は、制度設計とも関係してきます。例えば、日本全国を対象にアンケートを実施するのであれば、税金を投入しましょうとなりますが、地元の価値を見るだけならば、地元が自治会費を投入するような規模になるでしょう。ただ、先ほど申し上げたように、考えるべきは「生態系サービス」の経済的な価値だけではありませんから、政策的なことを考えるにあたっては、価値観のスケールを考慮することが大切なのではないかと思います。経済的な価値だけを考えると、例えば、「島嶼国がなくなっても、世界に影響ありませんよね。」みたいな議論になってしまいかねませんが、住んでいる人たちにとっては、かけがえがないものです。多様な価値の考え方を認めないと、こういう議論の仕方にはなりません。そういう意味でも、色々な学問分野に生物多様性や生態系の議論が広がっていくことは、良いことだと思います。

Q5:日本での議論と海外での議論

梅津海外では、こうした議論が日本に比べて進んでいるのでしょうか?

山野氏何をもって「進んでいる」というのかが難しいですね。生態系の保全についても活用についても、議論をリードしているのはヨーロッパのように思います。ただ、先ほど申し上げたように価値評価は様々です。ヨーロッパは、自然支配的な発想とでもいうべきものであるに対して、アジアは、自然共生的な発想です。例えば、ヨーロッパ的な考え方に基づく条約の交渉においては、日本やアジアの国は反対したり反発したりすることがあります。一神教と多神教の違いみたいなものかもしれませんが、文化的な背景が異なります。ヨーロッパの人たちは、仕組みを作ったりしますが、そういうやり方は、必ずしもアジア的ではありません。そのような状況の中で、交渉を重ねてできあがったのが「昆明・モントリオール目標」です。「昆明・モントリオール目標」における、生態系の恩恵を活用し、社会のニーズに応える、という考え方の大きな枠組みは、context specific(文脈依存的)で多様な価値の考え方が意識されているのではないかと思います。いずれにせよ、生物多様性を巡る議論の中で、何かが最先端である、というのは、とても難しいです。

清水少し話が逸れるかもしれませんが、生物多様性を活用する場面において、生物多様性の保全と活用が必ずしも一致しないことがあるのではないかと思うのですが、いかがなものでしょうか?

山野氏非常に鋭い質問ですね。実は、そのとおりでして、いまだに研究要素の強いところです。この点については、いくつか論文が出ていまして、例えば、草原や森林は、多様性の高い方が炭素を固定する機能も高いとわれています。また、単一層の森林に比べて、色々な樹種のある森林の方が強くて、土砂崩れを起こしにくいともいわれています。つまり、多様性が機能に直結している部分があります。ただ、わかっていない部分が非常に多いことも否めません。ですから、保全の議論が活用の議論に直結しない部分があります。例えば、希少種の保全が、その活用に直結しているのかと言われると、なかなか辛いです。もちろん、希少種を観光資源として活かしていくというような形での活用はあり得るのですが、それ以上の活用は考えどころです。結局のところ、物質循環のような意味でのつながりは間違いなくあるものの、生物多様性自身がもっと他の機能を持っているのではないか等については、未解明の部分が多いのです。

Q6:生物多様性の保全・活用のためにできること

梅津生物多様性の保全・活用のために、私たちにできることは何でしょうか?

山野氏少なくともこれまで、生物多様性の価値は、あまり意識されてきませんでした。ところが、先ほど申し上げた「生態系サービス」のような議論においても、意識しなければ、価値にはなりません。そこで、まず、生物多様性がそこに存在していて、大切な役割を果たしていることを知ることが大切だと思います。ですから、弁護士の方々が興味を持つこと自体が素晴らしいことなのです。
ただ、重要性を意識した上で、どのようなアクションを取るかというのは、別の問題であり、難しいことです。例えば、FSC(Forest Stewardship Council)認証のような環境配慮型認証を取得した製品が増えてきていますので、そういう製品を選んで使うことはできると思います。きちんとした環境低負荷の製品は、生物多様性の保全につながります。
それから、日常生活の場面でも、生物多様性を意識することが重要だと思います。ほんの少し工夫すれば、生物多様性に劇的に良くなることがあるからです。温暖化の議論と同じです。例えば、河川工事でも、ほんの少し自然環境を残すだけで、希少種がたくさん保全されたりします。また、ビジネス弁護士のみなさんであれば、ファイナンス案件に関わる場合に、グリーンファイナンス等で適切な投資先を選ぶお手伝いをする、というような目を持っていただきたいです。生物多様性を社会に浸透させていくためには、可視化することが大切なのです。

梅津私は、弁護士として再生可能エネルギーのファイナンス案件等をやっていて、事前にアセスメントをやったり認証を取ったりしているのは承知していましたが、これまで、その内容まで意識したことはあまりありませんでした。今後は、もう少し前提知識として、注意を向けてみようと思います。

山野氏はい、ぜひお願いします。再生可能エネルギーと生物多様性は、強いコンフリクトがあり、いま、非常にアツい分野です。例えば、太陽光発電の場合、パネルを置く場所が重要です。何も考えずにパネルを置くことによって、生き物たちの居場所が決定的に損なわれることはよくあります。ただ、実は、これは、バランスを取ることができる問題なのです。生き物にとってはここからが大事だよというcriteria(基準)がいくつかあって、それは分かります。ですから、パネルの立てやすさとかコストとかを換算して、最適解を求めることができます。環境アセスメントが入るような案件であればまだ良いのですが、それすらなされない小規模な案件では、いつの間にか裏山全面がパネルになっていた、ということも少なくありません。太陽光パネルは、いまや、生物多様性にとって脅威の一つです。裏山全面がパネルになれば、土砂崩れが起きる等、防災の観点からも望ましくありません。森があるがゆえに土砂崩れしない、という生態系の機能とでもいうべきものがきちんと認識されていないからだろうと思います。我々としても、生物多様性や生態系の機能の重要さをきちんと発信しなければならないと思っています。

Q7:今後の目標

梅津これから山野先生がなさりたいと思っていらっしゃることや今後の目標があれば、教えてください。

山野氏はい、私が一番やりたいと思っている、といいますか、関心を持っているのは、生態系の活用です。生態系の保全はもちろん重要ですが、保全した上での持続的な活用がこれからのポイントだろうと思っています。最初に申し上げましたように、個人的な興味関心の対象は、島嶼国の国土の保全です。島嶼国には、海面の上昇で国土が沈んでしまうという喫緊の問題がありますから、その周辺のサンゴ礁を保全し、国土を維持することが生態系活用の良い事例だと思います。サンゴ礁を保全すれば、国土が維持される、というように、サンゴ礁は、人々の生活基盤に密着しています。生態系の活用には色々な例がありますが、保全がこれほどダイレクトに活用につながる例はなかなかないと思います。
そのような観点で、サンゴ礁の保全をやっていきたいのですが、そのためには、変わっていく生態系に関する情報提供をしっかりやることも大切だと考えています。住民の方々は、生態系の変化を受け入れざるを得ないところがありますから、その変化を踏まえた社会的な適応を考えていただくことが必要です。例えば、海の中でも、水温の上がりやすい場所と上がりにくい場所があります。地形の関係でよどみやすいところや潮通しの良いところがあるからです。そうであれば、サンゴの生態に適切な水温になる場所を検出して、そこを重点的に保全すれば、サンゴを保全しやすいのです。私としては、海の中についての空間計画を立てて、重点的に保全をする場所を決めてサンゴ礁の保全する、そういうことを住民の方々と合意の上で進めたいと思っています。

山本素朴な疑問ですが、サンゴが増えて良いことばかりではないようにも思います。

山野氏はい、温帯域では、サンゴが増えて嫌がられる場合もあります。先ほど申し上げたように、藻場がなくなって魚がいなくなったり、網に引っ掛かったりするからです。他方で、サンゴは熱帯域でどんどん減っていますので、保全の対象です。つまり、それぞれの国や世界レベルで見ると保全すべき対象であるにもかかわらず、地域によっては嫌がられというようなコンフリクトが、実はあります。ですから、折り合いをつける必要があって、結局は、空間計画が重要だと思うのです。そもそも、どこもかしこも保全しましょうというのは、マンパワー的にも無理があります。そこで、地域の方々と合意の上で、この場所では保全しましょう、こういう風に活用しましょう、という計画を立てて、効果的に進めることが必要だと考えています。その結果として、島嶼国の場合には自らの国土が保全されますので、社会的な合意を取りながら、空間計画を考えて保全を進めたいと思います。生態系を保全するための空間計画を考えるにあたって、地元社会の意思が見えてくるのは、とても良いことだと思っています。

梅津生態系の保全や活用を考えるにあたっても、ポイントを絞っていらっしゃるのですね?

山野氏はい、そうです。サンゴは、卵を産んで、それが海流に乗って遠くまで運ばれていきます。そうすると、水温の上がりにくい場所だけではなくて、上流になっている場所を優先的に保全する方が効果的です。そこで、上流になっている場所を計算上見つけ出して、遺伝子を見てつながっているところを考えて、というように海流や遺伝子の知見を入れた計画を作る方が効率的・効果的で望ましいといえます。全部を保全することはもはやできませんし、地元の方々の合意も取れないでしょうから、メリハリをつけ、保全と対象地域の事情とのバランスを取った対応が必要だと思います。地球温暖化で海の中はどんどん変わっていきますので、一刻も早く計画性のある対応を始めなければならないと思います。

梅津どのあたりでバランスを取るのかは、研究者の方々によってもご意見が分かれそうな気がします。

山野氏はい、おっしゃるとおりなのですが、それは、シナリオ次第だと思います。簡潔に申し上げますと、生態系の活用をどの程度積極的にやるかという観点から、自然資本活用型の社会にするのか、人工資本活用型の社会にするのか、いくつかのシナリオがあり得ます。我々のような立場では、生態系を保全しなければならないよね、となりがちですが、自然資本を活用しなくても成り立つ部分もあるはずです。ですから、シナリオを作るときには、俯瞰的に考えつつ、地域の方々の考え方と我々の理想のようなものをいかにすり合わせて、現実的なところに落とし込んでいくか、という作業になると思っています。科学的な知見としては揺るぎない部分はありますが、セカンドベストとでもいうべきオプションをいくつか提示することもできますので、地元の方々が考える将来像といかにしてすり合わせていくかがポイントだろうと思っています。

梅津生態系の保全と活用には、地域社会とのバランスが必要なのですね。非常に勉強になりました。本日は、ありがとうございました。

国立環境研究所 生物多様性領域 領域長
山野 博哉 先生

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