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特集:サステナビリティ法務【第5回】ARUN Seed・功能氏と社会的投資について考える(NPO法人ARUN Seed 代表・功能聡子氏×パートナー弁護士・齋藤宏一&アソシエイト弁護士・木本真理子)
その他 2022年8月

特集:サステナビリティ法務【第5回】
ARUN Seed・功能氏と社会的投資について考える
(NPO法人ARUN Seed 代表・功能聡子氏×パートナー弁護士・齋藤宏一&アソシエイト弁護士・木本真理子)

2022年8月
発行年月日 2022年8月16日

近時、地球規模の課題とその達成目標を示したSDGsがますます注目されています。アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、法律家として、いかにSDGsの達成に貢献できるかを模索し続けています。 当事務所は、クライアントの持続可能な成長に向けた法的課題をあらゆる角度からサポートすべく、各専門分野における弁護士がSDGsに関する知見を深め、サステナビリティ法務のベスト・プラクティスを目指します。

本特集では、SDGsに関する当事務所の取組みをご紹介すると共に、サステナビリティ法務に関する継続的な情報発信を行ってまいります。

本特集の第5回では、NPO法人ARUN Seed代表の功能聡子氏にインタビューを実施しましたので、その様子をご紹介いたします。

※インタビュー実施日:2022年5月12日オンラインにて実施。

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【第5回】ARUN Seed・功能氏と社会的投資について考える
(NPO法人ARUN Seed 代表・功能聡子氏×パートナー弁護士・齋藤宏一&アソシエイト弁護士・木本真理子)

目次

Q1:社会的投資の意義

齋藤本日はお忙しいところ、ありがとうございます。

功能氏こちらこそ、齋藤先生には、以前から様々なご支援をいただいて、感謝申し上げております。木本先生には、ご無沙汰いたしております。

木本大学の先輩が立派な活動をなさっていて、敬服いたしております。お話しできるのを楽しみにしておりました。
早速ですが、ARUNがなさっている「社会的投資」とはどのようなものでしょうか?

功能氏「社会的投資」に決まった定義はありません。よく使われているのは、米国のインパクト投資家のネットワーク機関(GIIN)が定めた「インパクト投資」の定義、「財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資」です。もちろん、より大きな資金となる経済的リターンも重要ですが、それと同時に、ビジネスを通じて、貧困・雇用・環境などの社会的課題に関するリターンの創出を目指す投資です。
私たちARUNは、途上国の社会課題を解決しようとしている起業家への投資を実施しています。

Q2:ARUN設立のきっかけ

木本ARUNを設立なさったきっかけは何ですか?

功能氏私は、ARUNの設立前に、10年ほどカンボジアに住んでいました。カンボジアでは、NGOや国際協力機構(JICA)で保健医療の改善や現地のNGOとの連携などの仕事をしていたのですが、そこでの経験が自分に大きな影響を与えたと思っています。
私は、1995年に初めてカンボジアに渡りました。当時は内戦が終わったばかりで、国民の1/3が1日1ドル以下で生活していました。制度的なインフラも物理的なインフラも破壊されていて、人々の表情は明るくありませんでした。そうこうするうちに、外国からの援助が入ってきて、良くなったこともありますが、人々は援助に依存するようになっていきました。

それでよいのかなと思っていた私は、あるとき、農村部でビジネスを始めた若いカンボジアの社会起業家と出会いました。この起業家のビジネスによって、農民たちが自信を取り戻し、労働の対価を正当に得ることによって、経済状況が改善し、村の組織力も上がっていく、という好循環を目の当たりにしました。そして、私は、ビジネスが、貧しい人たちが「できる」という自信を取り戻し、人々が自立する原動力になることに魅力と希望を感じたのです。

ビジネスを継続するために援助に頼るのは危険です。援助に頼ると、計画通りにやることが前提になってしまうからです。でも、実際のビジネスには、変化する状況に対応する力、つまり、クリエイティビティが必要です。そこで、私は、そういう人たちを支援する起業家になろう、と決めました。当時、ヨーロッパからカンボジアに対してそのような社会的投資がなされていましたので、日本からも同じようなことができる可能性があるのではないかと思ったのです。

ARUN(アルン)とは、カンボジア語で「暁」、「夜明け」、という意味です。起業家の持つ新しい社会をつくろうという希望とエネルギーは、一日の始まりの希望やエネルギーと同じ。名前にそんな思いを込めて、2009年にARUNを設立しました。

Q3:ARUNの活動とSDGs

木本ARUNのヴィジョンやミッションは、SDGsとどのようにつながっているのでしょうか?

功能氏ARUNは、自ら社会的投資を行う合同会社としてスタートしましたが、その後、社会的投資の普及・発展・研究を目的としてARUN SeedというNPO法人も立ち上げました。途上国への社会的投資を実践しながら、社会的投資の調査研究や、日本から世界へ社会的投資を広めるための情報発信をしています。

ARUNのヴィジョンとSDGsとの関係では、まず、SDGsの前文で謳われている「誰一人取り残さない」という観点がポイントだと思っています。ARUNは、「地球上のどこに生まれた人も一人一人の才能を発揮できる社会」を目指しています。個々の人間には才能や境遇に差がありますが、恵まれている人もそうでない人も、全ての人にはその人にしかないユニークな違いがあり、その全てが尊いと考えています。別の言い方をすると「人権」ということかもしれません。
SDGsの17の目標は様々な領域にわたっていますが、それぞれの目標が重要な領域における未来の姿を示しています。いずれも途上国の人たちだけでなく、私たちが抱えている課題であり、人権の課題であり、それらをどのように解決していくのか、17の目標は相互につながりをもっていると考えています。

木本最近は「ビジネスと人権」が話題になっているところ、「人権」というと少しとっつきにくく、とらえどころがないと思っていましたが、非常に身近で分かりやすいご説明でした。ところで、ARUNの活動に対する社会の反応はいかがでしょうか?

功能氏大きく変わってきていると思います。以前は、社会的インパクトと経済的リターンの両立というコンセプト自体がなかなか受け入れられませんでした。最近では、「インパクト投資」や「ESG投資」という言葉が新聞紙上に登場することが増えました。これまで、投資は、リスクとリターンの2軸から評価されていましたが、いまでは、リスクとリターンとインパクトの3軸から評価されるようになりつつあります。インパクトをできる限り定性的・定量的に捉えるため、事業の検討段階から、どのような社会を目指すのか指標を示して投資をする、という考え方が理解されるようになってきました。

他方で、まだこれからかなと思っていることもあります。社会的投資は、社会課題を解決しようとしているスタートアップに投資をするため、解決が難しい社会課題や、ニーズが高いけれども解決に時間のかかる課題もあります。そうした難易度の高い社会課題の解決のためには、新しいテクノロジーを使ったり、様々な工夫が必要になったりするなど、生みの苦しみがあります。取り組みが必ずしも上手くいかないこともあります。結果だけを見るのではなく上手くいかないことや未知の領域も含めて支えるファイナンスが必要だと考えています。このような新しいお金の流れは、これまでの投資の考え方ではなし得ない、新しい文化の創造だと思っています。

社会的投資は、社会の変革にもっと向き合ってもいい。社会的投資やインパクト投資といえば、ややもすると、SDGsを達成できるし、儲かるし、いいことずくめのように宣伝される風潮があります。確かに、広めていくためには、魅力的なアピールも必要ですが、ビジネスや投資における本質的な変化が必要だと考えています。

齋藤これまでは、公共が社会のインフラ的な事業を行い、民間は収益性が高い事業だけをやるというやり方でした。ところが、現実の社会には、必ずしも収益性が高くなくても解決しなければならない課題を解決するニーズがあります。例えば、介護ビジネス、病児保育などは儲からないといわれていますが、公共の施設は十分ではありません。民間が、アクターとして、社会的なニーズを捉えて、社会的なインフラを支えるべきだろうと思っています。そのような動きを支援することはとても素晴らしいですね。

功能氏本当にそう思います。分かりやすく整理してくだってありがとうございます。

Q4:ARUNの具体的な活動① ~投資

木本もう少し具体的にARUNの活動について伺えればと存じます。途上国の社会起業家に投資している具体例を教えていただけませんでしょうか?

功能氏色々な企業があるのですが、インドネシアの手仕事を世界に届けるビジネスや、IOTを使ってインドの酪農セクターの改革に挑むスタートアップの例をご紹介しましょう。

インドネシアの農村部では、自然素材を使った伝統工芸品の製造と販売が人々の重要な収入源になっています。ただ、伝統工芸品を製造販売するといっても、零細企業がほとんどで、商品を販売できる市場は限定されています。また、観光客への販売が重要な収入源でしたが、新型コロナで観光客が激減し、売上も減りました。こうした変化は、伝統工芸品の製造・販売の重要な担い手である女性の生活や健康、ひいては、子どもたちにも影響を及ぼしています。
そこで、伝統工芸品の販売をグローバル市場につなげ、零細事業者向けのアプリを開発した起業家がいます。アプリを用いて、これまで行われてこなかった在庫管理や販売管理が簡単にできるようにしています。また、将来的には、ロジスティックスや金融サービスへのアクセスの提供も予定しています。サービスを使うことで生産性が上がるだけでなく、コミュニティ内における女性の意思決定権にも変化が起きています。創業メンバーは、30代の女性。まさに、女性による女性のエンパワーメントです。

農村部の伝統工芸品の販売による収入向上に目を付けたこのビジネスは、SDGsの目標1(貧困をなくそう)、目標5(ジェンダー平等を実現しよう)、目標8(働きがいも経済成長も)に直接結びつくと思います。また、伝統工芸品は、天然ヤシを使いますので、目標12(つくる責任つかう責任)にも貢献できます。このビジネスによって、女性たちの収入が増えて健康状況や栄養状態の改善につながります。農村の健康状況を改善したい、子どもたちの教育状況を改善したいという、創業メンバーの思いが実現されつつあります。目標3(すべての人に健康と福祉を)、目標4(質の高い教育をみんなに)の実現にも大きく寄与すると考えています。

木本起業家自身はSDGsとのつながりを考えてはいないと思いますが、投資家が投資先を選ぶときにSDGsがあることによって投資の基準が明確になるような気がしました。

功能氏日本企業のみなさんはSDGsの目標No.を気になさることが多いのですが、実際の現場では、そこまで気にしていません。

齋藤例えば、児童労働がないことまで、アプリで管理できたりするのでしょうか?

功能氏アプリでできることには限界があります。例えば、現地の映像を見せてもらったときに、お母さんがかごを編んでいる周りに子どもがいます、というのは、村の営みの中で見られる普通の光景です。そこで本当は何が起きているのかは見えません。サプライチェーンの裏に潜む可能性のある課題を明らかにしていくのは、投資家がなすべき必要な役割だと思います。

齋藤なるほど。テクノロジーだけでは解決できない難しい課題がありますね。

木本途上国には新型コロナ(Covid19)の影響が特に大きかったのではないかと思います。

功能氏はい、新型コロナ(Covid19)で事業ができなくなった会社も少なくありません。例えば、インドの家事労働者に対する人材マッチングサービスを提供している会社は、これまで、ITを活用して女性の家事労働者に安心して働ける環境を提供し、女性の人権に配慮した雇用を創出することで貧困削減に貢献してきました。家事労働者には、住み込みの場合と、通いの場合があります。住み込みの労働者はコロナ禍でも働き続けることができましたが、通いの場合は、ロックダウンの影響を受けて通勤ができなくなり、仕事がなくなってしまいました。起業家は、離職中の労働者のために、食料の配給や安全な水を届ける支援を実施しました。また、新型コロナ(Covid19)でロックダウンされた地域にあった水場に行けなくなった貧困層から、水が手に入らないという声を耳にしたある起業家は、行政に掛け合ってなるべく早く水を入手できるように対処しました。

Q5:ARUNの具体的な活動② ~人材育成

木本社会起業家は、ネットワークと行動力、柔軟な発想力によってコロナ禍に立ち向かっていったのですね。ところで、ARUNでは、社会起業家発掘のためのコンテストを実施なさっているそうですが、狙いは何でしょうか?

功能氏ARUNは、クラウドファンディングなどで寄附をしていただき投資を行うと共に、人材育成に力を入れています。ビジネス・コンペティションとして、JICA等の後援を受けて、CSI(Cloud Social Investment) Challengeを開催してきたのも、そのためです。CSI Challengeは、これまで、アジアを中心に実施してきましたが、コロナ(Covid 19)禍でオンライン開催になった3回目(2020年)は、全世界を対象に募集し、アジアに限らず、アフリカや中東の起業家も参加するようになりました。オンライン審査を実施して、ピッチセッションやインタビューを行い、選ばれた企業に投資をします。今年(2022年)も開催する予定です。

審査のポイントは、①社会的インパクトの観点では、インパクトの大きさや対象となる人、持続可能性、②ビジネスモデルの観点では、ビジネスの持続可能性・実行可能性、③イノベーションという観点では、独創的なアイディアや技術であるかどうか、これまでビジネスとなってこなかったような領域であるかどうか、④チームの観点では、社会課題解決のためのコミットメント、スキルや経験の有無、そして、⑤クリエイティビティの観点では、新型コロナ(Covid 19)の影響に対してどのような対応・対策を取っているか、などです。

Q6:収益と社会課題解決の両立

木本社会的投資においては、経済的な収益と社会的な課題解決という2つのゴールの両立が難しく、悩ましいように思いますが、いかがでしょうか?

功能氏はい、悩みは深いです。ありがたいことに、活動を支援してくださる人、理解してくださる人に支えられて続けてくることができました。起業家を見ていても、支援者・理解者が周りにいて支えられているのだと思います。2つのゴールの両立は難しく、まだまだ不完全ですが、活動を続けることが大切だと思います。

それから、2つのゴールの両立には、専門家の存在も重要です。素人発想・玄人実行と言いますが、発想がクリエイティブであっても、実行する際のオペレーションが伴わなければ、目標を達成できません。起業家をバックアップする体制や専門家が必要なのです。

木本人として、未来のために、自分にできることは何だろうかと考えています。法律家にも、お役に立てることがありますでしょうか?

功能氏もちろん、たくさんあります。
挑戦し続けないと何も生み出せませんから、挑戦できる環境が大切です。新しい事業を始めるときには誰にでも不安があります。その不安を一緒に乗り越えてくれる支援者や同僚の存在こそが重要なのです。社会的投資では、普通のビジネスではやらないことに挑戦し続ける起業家を支援します。前例のないことばかりです。リスクがあっても挑戦しなければならないときがあります。そのような起業家に対して、これだったら大丈夫です、これだったらできますよ、と一緒に考え助言してくれる専門家がいるからこそ、挑戦し続けられるのです。

齋藤感銘を受けました。功能さんが社会的投資をお始めになったきっかけがよく分かりました。SDGsという観点では、貧困問題への対応が1つの重要な課題であり、ビジネスを通じて地域の貧困をなくすことができれば大きなインパクトだろうと思います。我々としても、引き続き、できる限りのお手伝いをさせていただきます。本日は、誠にありがとうございました。

木本私たちも、お役に立てるように頑張ります。

NPO法人ARUN Seed
代表
功能 聡子

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